CHANT(チャント) FC東京

石川直宏選手、引退。スピードスターが見せてくれた多くの景色。その背中を見て込み上げた、感謝。

2017/12/15 13:29配信

サカログ花子

カテゴリ:マッチレポート


一人のスターが、ピッチから去りました。

石川直宏選手。
FC東京の「顔」であり、Jリーグの光り輝くスピードスターでした。

石川直宏選手が、引退を発表したのは
今年の8月のことでした。

36歳を迎えた、石川直宏選手。
近年は大きな怪我と闘ったサッカー選手でした。

私が、石川直宏選手を最初に見たのは、世代別代表の頃。
まだ横浜Fマリノスでプレーしていた頃でした。

谷間の世代と呼ばれた、黄金時代の後。
この世代のどこが谷間だったのかと思うほどに、今はJリーグに欠かせないベテラン世代となっていますが
この世代の中心にいた一人が、石川直宏選手でした。

とても速く変則な独自のドリブラーで、その存在感は圧倒的なものでした。
若き頃からおしゃれでスタイリッシュ。
どこか落ち着いていて、当時同期に多くの個性的な選手がいたマリノスの中でも
大人な雰囲気を出す選手でした。

世代別では圧倒的な存在感も、横浜Fマリノスでは試合に出場することができず、FC東京へと移籍。
まずはレンタルという形で、FC東京に移籍したことを覚えています。

谷間の世代といわれていたこの世代に、どんどんとハマり魅せられていったのは
石川直宏選手を含め、この世代の選手たちが黄金世代を比べられながらも自分たちの最大限を
どんどんと伸ばしプライドを持って戦っていた姿に、魅力を感じたからでした。

五輪を迎える前にA代表にも選出され、FC東京でもすぐにスタメンとして出場しチームにフィットしていったのは
すごく頼もしく、非常にワクワクさせてもらいました。

アジア最終予選の日本ラウンドで、アテネ行きの切符を獲得したこと。
国立競技場で歓喜をともに味わったこと、本当に特別な時間だったと今でも大切にしている思い出です。

アネテ五輪代表を最後まで見届けたくて、初めての海外旅行でアテネまで向かいました。
世界の壁は高く、日本五輪代表の手はまったく届かずかなり厳しい戦いの中、石川選手はなかなか出場ができない状況で、
グループリーグ敗退が決まっていた3戦目に出場。
試合後はサポーター席へのあいさつで、涙を流していたことを昨日のことのように覚えています。


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これまでにないほどの補強をしながらも、結果が出せず苦しい状況が続きていたFC東京。
イライラや不満が出てバラバラになりそうな時。
表明された、石川直宏選手の引退。

自らの進退を早めに公表することで、チームやクラブがサポーターが
ひとつになれる、見つめなおす、改める。そんな影響を考え表明したのではないかと感じるほどに
その言葉のひとつひとつが重く、考えさせられるものでした。

引退表明前、自らは再び負ってしまった大きな怪我との闘いの中で
ゴール裏へと足を運び、試合前にゴール裏の前でメッセージを伝えました。
そして石川選手が主導し、東京のチャントが響きました。

おお 俺の東京
今日も行こうぜ勝利目指し
行け行けよ 東京
いつも俺たちがついてるぜ
誰がなんと言おうと まわりは気にするな
自分を信じていれば 勝利はついてくる

このチャントの歌詞に乗せた、石川選手からのメッセージ。
本当に強いメッセージだったと感じます。

結果的に、今シーズン。
FC東京はどのタイトルにも絡むことができないどころか、すべてにおいてふがいない結果となってしまったことは否めません。
こんな状況で、石川選手を送り出すことは情けなくも感じ、もっと良い状況で送り出したかったと感じているサポーターは大勢いるはずです。

石川選手とともに、初のリーグタイトルを獲りたかったと多くの人たちが抱いていた夢は、
叶うことはありませんでしたが
FC東京を引っ張ってきた輝く星は、最後まで光り輝き多くの人たちをピッチの内外から
魅了してきました。

迎えたJリーグ最終節。

FC東京vsガンバ大阪の試合に足を運びました。
多くの人たちが、18番のユニフォームやグッズを身に着けて味の素スタジアムに向かっていました。

スタジアムに入ると、石川直宏選手のチャントの原曲が流れていました。
メモリアルグッズにはどこも長蛇の列。
子供たちや、行きかう人々が自然とチャントを口にして歩いていました。

チームマスコットのドロンパも、石川選手のチャントの原曲が流れるスピーカーを引っ提げながら
コンコースを歩き、サポーターと交流していました。

スタジアムに何度も何度も響く、石川選手のチャント。
ピッチにはスタートから、石川直宏選手。

積極的にプレスに向かい、ガンバ大阪の藤春選手とバチバチ対峙しながら
ゴールを目指す姿は本当に果敢で輝きを放っていました。

そして常に。この日の石川ナオ選手は、とにかく楽しそうだった。すごくサッカーを楽しんでいる、味スタでサッカーができることを楽しんでいる。そんな姿に映りました。

対戦相手のガンバ大阪も、藤ヶ谷陽介選手が引退を迎える試合でした。
藤ヶ谷選手と、石川選手は共にアテネ世代のチームで戦った戦友。
藤ヶ谷選手はアテネメンバーには選出されませんでしたが、あの世代でずっとゴールマウスを守り続けてきたのは藤ヶ谷選手でした。
石川選手等は、同じ世代で一番年上にあたる藤ヶ谷選手を「おとーさん」と呼んでいたことを想うと
懐かしく感じました。

試合後、サポーターへ最後のあいさつを終えた藤ヶ谷選手は、走ってFC東京のベンチ付近へ行きました。
そこには、石川直宏選手が。
二人はすぐに抱き合って、お互いの引退を噛みしめ互いにお疲れさまを言い合っているようでした。
この光景を見たとき、アテネ世代を想いこの試合に足を運んだ自分としては、
感慨深い瞬間であり、今日この試合に足を運んでよかったと感じました。

試合後のセレモニーに、ガンバ大阪のサポーターのみなさんも多く残り
石川選手の最後の言葉を聞いていました。

涙で言葉にならなかった石川選手が最初に言葉にしたのは、
ガンバ大阪側への感謝の言葉でした。

自身が決めたはじめてのゴールがガンバ大阪が相手だったという話をすると
ガンバ側からは愛のあるブーイングが起こり、笑いに包まれる場面も。
こういうところが、Jリーグは本当にあたたかいな、魅力的だなと感じました。

石川選手は言葉でも多くのことを伝えてくれた選手でした。
サッカー選手だからこそピッチの上で発信する姿はもちろん重要ですが、
すごく大きな心を持って物事を包み込んでくれる、そういう人なんだなと感じたことが何度もあります。
ブログ、インタビュー、ツイッターさまざまな手段で伝えてきてくれたことが多くありましたが、
この日は最後の挨拶では、細かな言葉はいらず、戦った姿とその立ち姿から強く伝わってくるものがありました。

最後の周回で、ガンバ大阪側にも挨拶に回り声援を受けていたあたりで、帰りの時間の制限があった私は
スタジアムを後にしました。
最後のゴール裏の前での姿も観たかったのですが、会場を後にしました。

会場につくまでは、石川選手の引退という寂しい気持ちを持っていたのですが
悔いはない、と笑顔で語る石川選手、全力を懸けてピッチで戦っていた姿をみて
寂しい気持ちというよりも、誇らしい気持ちを持って、会場を出ることができました。

石川直宏選手の引退という、その場所に行けて本当に良かったと噛みしめながら帰りました。

選手という立場ではない、違う立場で今後のFC東京を動かす石川直宏さんにも期待しています!!

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