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【RKU】 唯一無二のキャプテンシーと培い誓う流大魂。 「チームがあるから、自分が在る」。4年 石田和希 【流通経済大学】

2017/08/15 21:54配信

CHANT編集部

カテゴリ:コラム


今季、リーグ優勝を目指す―。

監督、コーチ、選手。
戦う全員が口をそう言葉にしたのは、シーズンの始まりを告げた天皇杯茨城県予選決勝でのことだった。

天皇杯で躍進を続けるライバル筑波大学に0-3という スコアとして見ると「完敗」とも取れる敗戦となった試合だが、
中野雄二監督をはじめ、選手たち全員が下を向くことなく、むしろプラスの言葉が多く出た。

敗戦から今季が始まった直後、
「今年はリーグ優勝を目指したい」とあえて発した その言葉には固い決意が込められている。


1シーズンに渡り進むリーグだけに、優勝を目指すということは、年間通じ長く戦いながら最後には頂点に立つチームとなる、ということだ。
長いリーグの中でさまざまなことがあるが戦いながら最終的には頂点を獲れるチームを目指すという意味合いが込められていると感じ取った。

悔しい敗戦ながら、前向きに強く歩みはじめたシーズン初戦。
だが一人だけ、「めちゃくちゃ悔しいです」と 溢れる悔しさを何度も言葉にした選手がいた。

個性的な選手が多く、能力の高い選手も揃う。
タレント軍団ともいえるであろう今季のチームをまとめ、鼓舞する存在である

4年 石田和希。

流通経済大学の 今季キャプテンを務めている。


●幼く頃から追った兄の背中。つらい時期を強いメンタルに 日本一となった高校時代。

物心ついた頃の記憶から、ずっとサッカーが在る。
「とにかくサッカーが大好きだった」と記憶する幼少時代にサッカーボールが常にあった。
幼き頃から当たり前に目にした光景は、ボールを蹴る兄の姿だった。

一番身近で、当たり前に存在する兄の背中は、自然と追いかける存在となった。
兄を追うように5歳頃にサッカーを始めたという石田和希は、左足でボールを蹴った。

レフティということもあり、中村俊輔選手に想い憧れ、プロのサッカー選手が輝いて見えていた。
Jリーグ、サッカー選手、海外サッカー。サッカーを始めた頃には多くのサッカーを観て感じることができ、情報が入る時代であったが
なによりも目標としてのは、兄の選手としての姿だった。

兄の背中を追うように、兄と同じく横河武蔵野FCのセレクションを受け、合格。
3次まであるセレクションだが、異例となる1次セレクションでの合格を言い渡された。
兄がプレーする横河武蔵野FCの試合を観に、家族で何度も足を運んだ。その光景はキラキラとしていて「めちゃくちゃ入りたいと思った。自分には無理かもしれないと思ったけど、絶対に入りたかったから1次で合格と言われて本当に嬉しかった」と当時を振り返る。
3つ違いの兄とは年代的に入れ違いになってしまうが、自然と強い憧れを抱いた同じ横河でサッカーができることがとにかく嬉しかった。

その頃はとにかくサッカーがある日常が、サッカーがするということが大好きな日々であり、
プロサッカー選手になりたいという明確な目標は持ち合わせていなかった。
サッカーができる毎日が、宝物だった。


高校年代を前に再び兄が進んだFC東京U-18入団を目標とするが、セレクション最後の最後の段階であるところまで残ったが、選出されることはなかった。
落選という厳しい現実は、強くなるために必要な悔しさというバネとなり、絶対にクラブユースに勝る高校時代を過ごすと決意を生むことになり、幼き頃から追った兄とは別の道となる 流通経済大学柏高へと進学を決めた。

1年生の頃、学年キャプテンに任命された石田。
「絶対にやりたくないと思っていた。とりあえず1週間だけやってみろって。でも、結局1週間経っても何も言われなくて…そのままキャプテン。やられましたね今考えると(笑)」
当時、とにかく感じたのは厳しい上下関係だった、と話す。
「クラブチームで育っただけに、あまり上下関係なくそこまでは過ごしてきてたんで。自分は寮生だったので生活のすべてが上下関係だったんです。逆に練習の時間はそこまで上下関係がない時間なので、楽しかった。…けど、寮に帰ると先輩がと考えるとこわかった」
「高校生活・部活生活を過ごす上で、部活として必要な上下関係はもちろん存在します。でも、理不尽に感じるような先輩と後輩の関係性も多々ありましたね」

キャプテンになったことで、先輩に呼ばれ同期全体の注意を受け怒られる機会も増えたという。
「そういった部分に悩んで、部活を辞めようと思ったこともありました。つらくて親にも相談して。」
「サッカーそのものが楽しくないわけではなかったけれど、環境としてというか日常が楽しくないが上回って、気持ち的に沈んでしまってましたね」

1つ1つ学年が上がっていく中で、自分たちの持つ力を信じ全国で優勝を目指すということがより具体的になっていく。
学年が上がることで、自分たちが1年生の頃に感じた 必要ではないと感じた上下関係における理不尽な部分やストレスを少しずつ取り除いた。
「それを甘いという言い方をする人もいたが、決して仲良しこよしの上下関係のない関係性ではなく、仲間としてお互いを尊重できる、伝統を受け継ぐ関係性を目指した上下関係を保ちながら、部内の環境を整えることにも意識を置きました」と石田。
強くなること、巧くなることへの強化と共に取り組んだ、全員がサッカーをする上で楽しく愛着が持てるチームとすること。
何事も改革を進める時には障害が存在するが、チームのためにと乗り越え進んだ。

千葉県は、高校サッカー界で全国大会を戦うよりも勝ち上がることが難しい地域とされている。
流経柏には市立船橋という強力なライバルが在り、習志野や八千代など強豪校が多く存在する。
千葉県内の戦いを制すという誓いと、プライドは揺るぎないものがあり、さらにはJクラブユースには絶対に負けたくないという意地も持っていた。
個人の持つ執念に似た背景のある強い気持ちを持ち合わせ、多感で個性溢れるまとめるに難しい同期選手が多かったが、「目指す先が同じで、同じ想いを持っていたからこそ、時間をかけて団結していくことができた」と話す。
「俺たちは厳しい想いをたくさんしてきた、だから負けない。と、自信に変わっていく実感がありましたね。そう考えると、結果的につらかった1年生の頃の時間も強いメンタルを作り出してくれた時間だったと感じますね」

3年時には、高校年代・2種の舞台 最高峰である
高円宮杯U-18プレミアリーグイーストで優勝、そしてチャンピオンシップではウエストを優勝したヴィッセル神戸U-18と戦い勝利し、高体連チームとしてはじめて頂点に立った。
U-18日本代表候補選手としても注目された石田は、キャプテンとしてチームをまとめ上げ、カップを掲げた。
日本一を史上初という快挙を掲げ獲った、18歳時。
それでもサッカー人生において満足をしたわけではなかった。
「日本一もひとつの経験。それを生かすも殺すも自分次第なんで」

先の進学を模索した。
プロの練習にも参加し、他の大学の道も考えた。
流経柏は付属高なだけに、多くの選手が流通経済大学へと進むが「自分のことを全然知らない選手たちの中でやるというのも、ひとつの道かなとも考えた」と話す。

迷いの中で、何度も何度も流通経済大学・大平コーチと話しを重ねた結果、流通経済大学への進学を決めた―。


●覚悟の「キャプテン」。強いながら柔軟である影響力と存在感。

培った流経魂を持ち、流通経済大学サッカー部へと進学した石田和希。
1年生からトップチームで試合に絡み、ベンチ入りをすることも少なくなかったが「大して活躍はできなかった」と、振り返る。
高校から大学へとステージが上がり、感じたのはスピードと当たりの強さだったという。
「当たり負けすることが多くなって、その結果 怪我が増えてしまった。頭では出来るのに身体が付いていかないような感覚で足首を。そこからはもう怪我の連続でしたね」
2年生になると、怪我を負いその後は怪我と隣り合わせのようなサッカー生活となり、ここまで決して、順風満帆ではなかった。

3年時にはJFLで戦う流経大ドラゴンズでプレーする。
シーズン途中からピッチに立つと、終盤に向けては主力の一人として戦った。怪我もなく戦えたシーズンだったことが大きかった。
リーグ前期を優勝、そして大学チームとして初めてとなる JFLの頂点を決めるチャンピオンシップを戦ったという貴重な経験を重ねた。
毎週戦うトップチームとの紅白戦でも、負けることは少なく、絶対に勝ってやるという気持ちで取り組んでいた。

今季はチームのキャプテンとなった。
周囲は「キャプテンは石田でしょ」と、決意する前からすでに決められたことのように、自然発生で石田をキャプテンに見据えていた。
しかし、石田は悩んでいた。
「果たして本当に自分がキャプテンになって良いのであろうか。自分がキャプテンとしてやれるのだろうか」と。

昨季は全国大会への切符をすべて逃したシーズンとなった。
キャプテンを務めるからには、奮わなかった昨季の結果も背負い、今季は「復活」を求められることになることも含め、考えた。
毎日キャプテンとして立つ自分を想像し、葛藤し、悩んだ日々を過ごしたという。
悩んでいることを知っている選手たちもいたが、同じ4年生を迎えた選手たちは「石田以外考えられなかった」と口を揃えた。

高校時代から色濃く染みこませてきただけに誰よりも強き「流大魂」を持っているからこそ、キャプテンという大役には責任と覚悟が必要だった。

「俺、キャプテンやるわ」
そう決意を言葉にした時、伝えた4年生全員が
「あ、そう」「そりゃそーだろうね」「え?キャプテンは石田でしょ?」という反応だったと笑う。

「それが、すごくありがたかった」。
どこか気負いすぎていた自分で重くしすぎていた重みを 軽くさせてくれたような感覚になった。


どの選手にインタビューを行っても、必ずといって良いほどに
「石田が」「石田さんに」「石田に」と、石田和希を主体として指すエピソードが出てくる。

日々の練習から試合前、試合中に試合後、ピッチの外まで。
石田和希はチームの隅々まで、目と気を配らせチームメイトたちと接しているからだ。

ちょっとした変化が見えると、声をかける。チームがどこか温い空気になった時には、副キャプテンである守田とチームを締めなくてはと言葉を交わす。

大学生といっても、大人になりかけている選手やすでに大人としての成長を歩んでいる選手など多感であり、同年代の同性だからこそ本音を見せることにどこか躊躇する選手たちも多いが、
そういった部分も理解しつつ言葉にしなくとも、ほんの少しの変化が見えたときに手を差し伸べられ声をかけられる存在なのが、キャプテン石田和希なのだ。

副キャプテンの存在も大きいという。
守田英正、田中龍志郎とこれまでのサッカー人生においてキャプテン経験のある「二人各々のキャプテンシーと、着眼点があることで、気づけることもたくさんある」という。
キャプテンとしての石田をサポートしようと自然と役割を探してくれるだけでなく、考えていることを察してくれることで思い感じていることを共有できることも多いと話す。

石田がキャプテンであることでチームに影響が起きていることを実感しているのは、特に下級生たちだ。
「石田さんが」という言葉ではじまる話が多く、石田の言葉や行動がひとつひとつ身と心に染みこむほどに、厚い信頼と尊敬を抱いていることがわかる。

キャプテン石田和希の影響力と存在感は、今季のチームにおいて絶大であり、チームの中心核となっていることは間違いない。

今季は、アミノバイタルカップを5位で通過した流通経済大学。
9月に行われる総理大臣杯では、関東代表として第5シード枠で出陣する。

ユニバーシアード大会へ全日本大学選抜の選手として出場する主力選手たちが現在チーム不在だが、
キャプテン石田を中心にチームは強化合宿やトレーニングゲームを重ね、9月大阪へと向かう。


「自分たちのメンタリティの部分で負けるのは、相手にやられて負けるよりも遥かに悔しい」
何度かリーグ前期で目に見えない敵を前にした。己という難敵に負けるのはなにより悔しいと、石田は噛みしめるように話した。

敗戦すると、誰よりも悔しさを強く抱いてことが伝わる。
その悔しさは自分一人としてではなく、チームの一人一人の力やチーム全体の力に自信を持っているからこそ。
チームメイトの良さを生かすことができず、チームの力を発揮できず敗戦となってしまったことが、とにかく悔しいと表現しているのだ。

最高のチームメイトたち、と胸を張る。
チームが持つ力に信念を持ち、自信を持っている。

「チームのために」という誓いを持ち、
石田和希は、最上学年のシーズンに挑んでいる―。

◇石田 和希◇

4年 DF
1995.11.21生
169㎝/63㎏
横河武蔵野FC-流通経済大学付属柏高
U-18日本代表候補

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