CHANT(チャント) サンフレッチェ広島

谷間の世代と呼ばれた選手たちは今 Season2 森崎和幸選手

2017/08/12 20:42配信

サカログ花子

カテゴリ:コラム

五輪世代。

A代表で指揮を執っていたトルシエ監督が率いた、
黄金世代と呼ばれた世代と、日本サッカーが育成強化としてトレセンという方法を導入し生まれた強化最先端の選手たちが融合し、世界と戦ったシドニー五輪。
ベスト8という結果を持って世界に近づき、A代表に落とし込むことで、2002日韓W杯では初の自国開催の大成功と二度目のW杯出場でのベスト16進出という快挙を達成しました。

記憶に残ったシドニー五輪代表からの切り替えということもあり「谷間の世代」と呼ばれた年代がありました。
U-17世界選手権(現在のU-17 W杯)への出場を逃してしまったこと、その後の世界大会でも思わしくない結果を出したことでいつの日かそうマイナスな呼び名で表現されるようになったアテネ五輪を目指した年代でした。
しかし今、この時の世代がベテラン選手としてJリーグを引っ張る存在となっています。

彼らの「今」とは。
思い入れのあるこの世代をシリーズで書かせていただきたいと思います。

第2回目は、森崎和幸選手です。

◇日本を代表するボランチの確立 森崎和幸

サンフレッチェ広島が3バック変則5バックのサッカーを開始したのは、先日浦和レッズを解任されたミハイロ・ペドロヴィッチ監督が就任した頃から。
ペドロヴィッチ監督のサッカー、そして森保監督のサッカーには、必ず舵となるボランチが必要でした。

攻撃に出る3バックは時に、3枚から1枚になってしまうこともある中で、最終ディフェンスラインに下がり守備のバランスを取るなど、全体の形態を把握予測しながら守備の構築を担うボランチ。

チーム貢献度が高く、スプリント回数は少ないものの細かな動きと上下運動を当たり前にこなさなければならないこの特殊なボランチは、
森崎和幸選手がいることで成り立ち、確立したといっても過言ではないでしょう。

谷間の世代と言われたアテネ五輪を目指す世代の中で、早くからJの舞台で活躍していた選手が森崎和幸選手でした。
サンフレッチェ広島で当時ボランチの位置でプレーしていた森保前監督からポジションを奪ったのは、若き森崎和幸選手。
広島史上初となる高校生Jリーガーとなり、谷間の世代と言われた世代別代表でも早くから存在感を示してきた一人でした。

しかし、アテネ五輪本戦のメンバー発表の日。
森崎和幸選手の名前は挙げられませんでした。


と、いうのもこの世代のボランチは非常に激戦のメンバーでした。
同じくペドロヴィッチ監督のサッカーで同じボランチの役割を担ってきた阿部勇樹選手、現在も日本代表で重宝されている今野泰幸選手。
同じく本大会では落選となった先日引退試合を行った鈴木啓太選手、そして日本が生んだ天才、小野伸二選手がオーバーエイジで選出されたこともあり、本当に本当に激戦でした。

今もJリーグを代表する・してきた選手たちが少ない本戦メンバーの座をかけて競争していた世代だったわけです。
谷間の世代と聞くと改めてどこが?と感じますが、谷間の世代と呼ばれたからこその力があったのかもしれませんね。

アテネ五輪本戦落選は、森崎和幸選手にとってもショックの大きな出来事だったのではないかと思います。
その後も広島の中心として戦い続け、ペドロヴィッチ監督、そして森保監督となってからは
大きな役割となりチームの心臓としてプレーしていましたが、慢性疲労症候群という病を抱えてしまいます。

弟の浩司選手もオーバートレーニング症候群を抱えることとなってしまいましたが
おそらく本当に広島を愛しているからこそ、サンフレッチェ広島というクラブ全体を森崎兄弟が背負い、
若き頃からチームの顔として象徴として立ってきただけに、抱えるものも大きく
そして美学のようなものもすごく高く持っていたのかもしれません。

本当に苦しい日々を過ごしたと、後に語っていますが、慢性疲労症候群から立ち上がるのは非常に難しく
それもその原因となった場所に再び立つという選択をして立ち上がるのは難しいとされているらしいです。
しかし、森崎和幸選手はしっかりと立って、自身の最大限のパフォーマンスを、チームのために黒子のような役割をピッチで見せてくれて、
サンフレッチェ広島優勝、そして連覇、さらには一昨年の優勝と、記憶に残るJリーグ制覇を果たしました。

今季はピッチを離れた時期もあり、出場機会も難しくなっています。
森保監督が退任してからは、ベンチに入ることも難しくありますが、
森崎和幸選手がサッカーをしてくれていることが、励みになっているサッカーファンは今もたくさんいて、
36歳ベテランで迎える新たな競争の中から、再びチームのために森崎選手にしかできないプレーで
チームをけん引してくれることを願っています。

言い表せないくらい、悔しかったであろうアテネ五輪落選。
悲しみも暗い闇も生んだかもしれません。

でも、谷間の世代が谷間ではないと証明した一人。
Jリーグの頂点に立ち掲げたシャーレは、輝かしく格別なものでした。

森崎和幸選手は、アテネ五輪のピッチにも日本代表にもなぜか縁がありませんでしたが
Jリーグを代表する選手であることは、間違いありません。

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