CHANT(チャント) 柏レイソル

【連載】 ~俺たちの総理大臣杯~ 柏レイソル 鎌田次郎選手 流通経済大学卒 【第2回】

2017/06/30 11:54配信

CHANT編集部

カテゴリ:コラム

~俺たちの総理大臣杯~
第2回目は、柏レイソル 鎌田次郎選手。
多くのJリーガーを輩出し続け、大学サッカーシーンで数々の記憶に残る名場面、そしてタイトルを刻み続けてきた流通経済大学サッカー部において
はじめてとなる総理大臣杯のタイトルを掲げたチームのキャプテンを務めていた鎌田選手。

大学時代、そして総理大臣杯という大会についてを振り返っていただき、お話を聞いた。

--------------------------------------------------------------------


FC東京U-18を経て、進学を選択することとなった鎌田選手は、流通経済大学へと進むことなった。
流通経済大学サッカー部へと進んだ経緯を

「大平さん(大平正軌コーチ)に誘ってもらって。実はもうひとつの大学と迷っていたんですが…その時にクリさん(現柏レイソル・栗澤僚一選手)とかが、関東1部にチームを上げたりしていたことや、
大学のハード面…環境面ですね。環境が非常に整っていたので、その後の可能性を感じて、流大進学を決めさせてもらいました」。

と、鎌田選手は話す。

2004年に流通経済大学の門を叩き入学した鎌田選手の先輩には、4年生に栗澤僚一選手が。
現在も柏レイソルにて共に戦うチームメイトであり、偉大な先輩であると話す。

「クリさんは優しかったですね。特に口でどうこうといって影響力をというよりも、プレーで魅せてくれるタイプでした。
プレーで周りを引っ張ってくれる存在でしたから、ついていこうと自然に思える先輩でしたね」。

鎌田選手が1年生の時、はじめて挑んだ総理大臣杯へ向けた関東予選では悔しくも、敗退。
その時のことを、4年生として戦った栗澤選手は「そのシーズンはあまりうまくいかなかったなと振り返ると感じる。夏の大会に出ていたら、もっとチームはまとまっていたのではないかと感じることもあった」と語った。
(~俺たちの総理大臣杯~第1回 栗澤僚一選手)

偉大な先輩たちと共に戦ったシーズンを経て、2年生の時に、はじめての総理大臣杯へと出場した。

「毎回なんですけど、真夏なので、とにかく暑い!というイメージが残っていますね。
過酷になる連戦の中で、どう戦うかというのを監督、スタッフがすごく考えてくれていたので、それによって戦えているなぁと実感した大会でしたね。
はじめの頃は、暑く連戦という独自の方式に慣れるのがなかなか難しく、結果を出すことができませんでした」。

「もっとできたなぁと振り返ることもあったんですけど、暑さと連戦で普段できていることができなかったり」。

2年時、3年時の総理大臣杯での戦い方を受け、挑んだ4年生 最後の総理大臣杯では、流通経済大学サッカー部の歴史となる偉業を成し遂げた。
キャプテンとして挑んだ、総理大臣杯。そして初優勝。

「4年生の時は、1回戦と2回戦はほぼメンバーを入れ替えて戦い、総力戦で戦いましたね。
1.2回戦 メンバーを入れ替えながらも、勢いづいて勝ち上がったことで、その後の戦いも勢いを持って戦うことができたように感じます。
暑い連戦の中で、どう戦いながら上にいけるかということを 監督もよく考えて構成してくれていたと思いますし、
  2.3年生の時に戦った総理大臣杯での経験というものも、いきたからこその優勝だったんじゃないかな、と今振り返ると感じますね」。

流通経済大学サッカー部では、これまでプロに進んだ選手であっても、1年生から4年生までコンスタントにトップチームの公式戦で出場し続けた選手はほとんど存在しない。
その中で、「次郎はずっと出てた選手だったからね。なかなかうちで出続けられる選手はいないし、優勝もしている年代なだけに、大学の歴史を創った選手」と、先輩である栗澤選手が話すように、
多くの部員が在籍する流通経済大学サッカー部で、常に熾烈な競争が存在する中、ほぼ4年間トップチームでピッチに立ち続けてきた鎌田選手。

「もちろん競争は常に存在してましたが、監督やコーチが信頼して自分を使い続けてくれているなと感じていました。その信頼に応えられるようにということと、
多くの選手がいる中で、ピッチに立ってるという責任を持ってプレーしなくては、と常に思っていました。
自分が入る前に、先輩たちが築いてくれた大学の歴史を重く背負い感じながら、自分たちがその歴史に泥を塗ってはいけないと思っていましたし、築いてくれたそういった歴史を大切にしていましたね」

流通経済大学 中野監督は「鎌田たちの時代は、筑波大学とのライバル関係が一番強く、大事な場面でいつも接戦で戦っていた時期だった」と、振り返る。

「特に覚えているのが、自分が1年生の時の関東リーグ最終戦。筑波が1位で流大が2位で…うちが勝てば逆転して優勝だったんですけど。
全部の大学が集まって超満員の西が丘で試合をして」
「負けちゃったんですけど…3-4とかで。最後の最後までかなり競った試合だったんです。
大学生活の中で優勝したりして勝って嬉しい瞬間がたくさんあったけど…その試合は負け試合だけど、すごく記憶に残っている試合なんですよね」。

身近に存在する強力なライバルを常に感じながら、向上心を持って、歴史を背負い、戦っていたことで 自身もチームも強くなっていったという。
勝った試合、獲った試合、そして負けた試合。大学生活の当たり前だった日々も含め、それぞれが『今』も感じる成長に繋がったと話す。

「全寮制の中、ルールとか協力がある中で、生活していたのが懐かしいですね。
楽しい部分がたくさんあった大学生活で、今思い出せば、チームみんなで日々の生活をして共に戦うっていうのは、本当に貴重な経験だったなと感じますね。
その頃の集団生活で培った自然に協力する行動だったり、我慢をしたり、人を知って理解するということだったりは、『今』にもすごくいきていると感じます」。

これから総理大臣杯を目指し、アミノバイタルカップを戦う後輩たちへ、自身も戦った経験を持って、メッセージを送った。

「夏場の大会ということで、コンディション面が本当に大変だと思うので、まずは水分補給とかいつもやってることだろうけど、より気にして、より安全にまずはやってほしいと思いますし、
短期決戦の戦いで『勢い』という力が必ず必要となってくると思います。身体も精神もキツくなってくると、ちょっとずつズレてチームがバラバラになってしまいがちだけど、
監督、コーチとの距離感をキャプテン、そして選手が近く持って、ひとつの目標に向かって行けるように、全員で突き進んでほしいと思います」。


「大学生は身体もほぼ大人になる時期で、プロと変わらない身体であるのが当たり前で、日々意識してしっかりしていかなきゃいけない。
自分も大学でプレーしながら、監督やコーチから、そして仲間からいろんな刺激を受けて学びました。その日々があったおかげで特別指定選手として柏レイソルにもお世話になったりして、すごく貴重な経験をさせてもらったと思っています」

「大学4年間は今でも非常に大きなものだったと感じるし、今の自分があるのは、その頃の自分があるからですね」。

プロ大卒10年目となる2017シーズンを戦っている、鎌田次郎選手が振り返る ~俺たちの総理大臣杯~。
関東予選敗退から、総理大臣杯への出場、過酷な夏の連戦での戦いの難しさを知り、そして頂きに辿りついた歴史。
それぞれの戦いの経験を持って、『今』を戦っている―。


◇鎌田次郎◇

柏レイソル所属
1985.7.28生まれ
DF
2004年 流通経済大学入学
2006年 柏レイソル特別指定選手
2008年 流通経済大学卒業

FC東京U-18→流通経済大学→柏レイソル→ベガルタ仙台→柏レイソル

Good!!(100%) Bad!!(0%)

この記事も読んでみる