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【奈良クラブ】 Footballを知ってもらうことからの挑戦 奈良クラブJFLへ 【地域決勝】

2014/11/27 16:33配信

飯守 友子 (CHANT編集部)

カテゴリ:コラム


2014地域決勝が行われ、昇格を決めたチームのひとつ
奈良クラブ。

地域リーグのチームとしては全国的な知名度を持ち、注目を集めるクラブといって良いだろう。
壮絶な戦いとされる地域決勝の舞台で全勝し優勝という成績を残し、来季JFLに挑む。

関西には多くのJクラブが存在する。
ガンバ大阪・セレッソ大阪・ヴィッセル神戸・京都サンガ。

しかし、奈良にはまだプロサッカークラブは存在しない。

その奈良県に、初めてのプロクラブをと目指しているのが奈良クラブだ。
Jリーグへ行くための大きな一歩を奈良クラブは勝ち取ったことになる。

奈良クラブといえば、サッカーファンにとって大きなシンボル的存在がいるのはご存じであろう。
それは岡山一成選手。
Jリーグでは昇格請負人と呼ばれ、岡山劇場と呼ばれるパフォーマンスという言葉では表現しきれないほどの「表現」を持つ日本サッカー界でオンリーワンな世界観を持つ選手だ。

奈良クラブ総支配人という新たな立場を持ち、奈良クラブを前進させる大きな力の一角となっている。

岡山を有したチームでなければ、その力を知ることはできない―。

そういわれてきた岡山一成選手が所属するチームの力。
奈良クラブにとって岡山一成選手を有するチームとなることはどんな理由から、そしてどんな期待が込められていたのか。

お話を矢部GM、そして岡山選手に伺った。


●ピッチの中、そしてピッチの外からの発信に共鳴

矢部GMと岡山選手の出会いは高校時代まで遡る。
同じ関西勢とあり、高校時代、選手としてお互いのことを知っていたという。同い年であり、その技術の質の高さはお互いを意識する存在の一人であった。
その後、互いにプロの道へと進むが、プロ選手時代は連絡を取り合ったり、会う機会は少なかったという。

矢部GMがプロ生活をはじめた名古屋グランパス(当時は名古屋グランパスエイト)時代は特に、Jリーグブームの中にあり、世の中はサッカーブームに沸いていた。
選手たちはサッカーだけをやっていることが求められ、試合には常に満員のサポーターが入り、試合に出ていなくても名前も存在も覚えてもらえ、プロ選手としての存在が確立されていた時代だった。
その頃からJリーグ百年構想という理念の下でJリーグは動いていたものの、今のようにホームタウン活動が盛んに行われたり、イベントが多く開催されたり、サポーターと実際にふれあう機会があったり…といったものはかなり少なく、サッカーだけでJリーグは成り立っていた。

その後、ステージを下げたクラブに移籍をし、光が当たらない場も経験した結果、サッカーだけをやっていれば良いわけではないことを知ったと矢部GMは話す。
まだサッカー文化が根付いていない地域や、チームの名前が全国に知れ渡っていないチーム、環境もチームの運営もしっかりと整備されていないチーム…さまざまな経験をプレーヤーとして経験した矢部GMは、サッカークラブとしての在り方を考えるようになった。

引退後、地元である奈良に戻り、奈良県でJリーグを目指すクラブを見出したいと、奈良県でサッカー文化を浸透させることを目指した。
サッカースクールを設立したり、国体に出る成年男子の監督を務めるなど、奈良県のサッカーに深く関わり、経験を伝えながらこれからのサッカー文化の浸透を広める活動を行った。

その後、奈良クラブが動き出す。
一度引退したが自身も現役復帰しプレーをしながら奈良クラブを躍進させた。

奈良クラブがこれから大きくなっていく上では、まずは知ってもらうことが大事だと感じていた矢部GMが岡山選手と再会し、話をしたのが2012年のこと。
この時、岡山選手はコンサドーレ札幌での契約を終え、チームが決まっていない状況だった。

まだまだサッカー文化が馴染んではいない、奈良初めてのJリーグを目指すチームとして選手としての強化はもちろん、チームとして注目を集めるものにしなくてはという想いがあった。
それを岡山選手と話し、実際にクラブとしての在り方について語り合うと、お互いに分かり合える部分がたくさんあったという。

それまでプロクラブというものに大きなこだわりを持ち、プロクラブでプレーすることしか考えてこなかったという岡山選手の心を動かすものがあった。
プロでプレーする選手として在り続けたが、クラブがどんな過程でどんな道を辿り、プロクラブになるのか。
それを知らなかったと岡山選手は話す。

実際、現在Jリーグでプレーする選手や海外のプロクラブで活躍する選手のほとんどが、どのように現在サッカークラブが勝ち上がり、Jクラブという位置を得ているのかを知らない選手がほとんどだ。
クラブがあり、そこに在籍する。
その図式に、選手が身を置いていることが多い。
そのクラブがどのように歩んできたかという部分までを掘り起こすことは少なく、その過程を過ごした経験のある選手だけが知っていることなのだろう。
大きな壁を乗り越え昇格を手にし、段階を踏んで勝ち進むことは条件のひとつであり、その他に設備や環境面、自治体との連携など、「選手」が知りえない部分、関わらない部分も知ること、そして動くことになる現場を知り、選手としてそういった場を知らないで終わるのではなく、知る・経験するのも良いと今まで閉ざしていた扉を開けた。

矢部GMは実際に岡山選手のプレーを観て、ポテンシャルの高い選手が多くいる関西リーグの中でもやはりプロ選手として長年プレーしてきた選手を感じる経験や、細かい部分での駆け引き、身体の強さ、プレーの質の高さを感じたという。
その上で、岡山劇場と呼ばれる岡山選手の持つ「表現」と、ピッチ外での活動によって人の心を動かすことを感じ、奈良クラブにとって新しいスタイルのひとつとしての期待を込めて、奈良クラブの顔としてお願いした。

サッカーブームにおいて、サッカーで日本中を沸かせたきらびやかなJリーグバブルの時代。
その時代にはその時代の魅力があったことは確かだ。
しかし、今は地域密着しながらサッカーだけでなく、お互いの存在を感じながらひとつになり、サッカーをきっかけに地域が盛り上がること、ひとつになることを目標に、この街にもサッカークラブがある。と感じてもらいたい。
そう、矢部GMも岡山選手も共鳴していた。


●はじめてのサッカー 奈良劇場のスタート


岡山選手が発信することは、他の選手たちにとっても衝撃的だった。
はじめてみるその姿に最初は驚きを隠せなかった選手もいた。
しかし、その「表現」から感じるものがあったことで、他の奈良クラブの選手たちも積極的にそれを取り入れ、自分たちも「表現」することが多くなった。
サッカー選手はサッカーだけが表現方法じゃない。
サッカーだけをして伝えるのではなく、サッカーで伝えながら言葉を発し、感情を身体全体で表し、笑い、悔しみ、吠え、叫ぶ。

「伝える」という表現を持っている。
それが奈良クラブに浸透した。

岡山選手がJリーグで築いた、「岡山劇場」と呼ばれるパフォーマンスはJリーグを好きな人たちなら知っていることだ。
川崎フロンターレ在籍時代にスタートした劇場は、その後、柏レイソルやベガルタ仙台でさらに確立され取り上げられることが多くなり、パフォーマンスとして定着しサッカー選手という枠を超えた岡山一成選手だけが持つ世界を確立させた。
そして札幌では川崎・柏・仙台で積み上げた劇場や岡山選手の表現の集大成ともいえる姿でサポーターを鼓舞し続けた。

しかし、それは奈良では通用しなかったという。
奈良にはまだまだサッカー文化は根付いておらずサッカーをはじめて観る人たちを前にすることも多い。奈良には岡山劇場と呼ばれる表現を受け入れてもらえる土台がなかったという。

岡山劇場と呼ばれる表現だが、岡山選手自身は「岡山劇場」とはほとんど口にしない。
「川崎劇場」「柏劇場」「仙台劇場」「札幌劇場」…
それぞれに劇場の違いがあると岡山選手は言う。

川崎劇場があったから柏劇場が生まれ、川崎と柏での劇場があったから仙台劇場が生まれ…といったように段階があったのだ。
その地域の人たちとの交流や、チームの色、そして関わる人々と交差する想い。そういったものをそれぞれで得ることで劇場に違いが生まれたのだ。
岡山選手が川崎・柏・仙台そして札幌で積み重ねた経験を奈良劇場として生もうとしても、それを知っているという土台がなく、その発信を1から受け止めてもらうことにむずかしさを感じたという。

自身のサッカー人生を

「サッカーだけをしてきた選手ではない」と言い切る岡山選手。

プレーすることだけを求められているわけではないということを理解し、「岡山」というポジションが与えられていると感じている。
奈良クラブ総支配人という新しい役職を作り、その確立をするために選手という枠を超え、運営するために必要なこと、関心を持ってもらうためにどういったことをすると良いかなどの考案から携わる。
現場ではチームの志気を上げることも選手たちに経験を伝えることもする。
そしてサポーターへの発信はもちろん、他のサッカーファンたちに向けても強く発信する。


奈良クラブを観に来てほしいのはもちろんだが、サッカーがあること、そしてサッカーが持っている力を知ってほしいと岡山選手は言葉にした。

京都サンガの試合を観に行くでも、セレッソ大阪の試合を観に行くでもいい。
奈良県からサッカーを観たい、サッカーを観ようという人たちが増えて、奈良にもサッカーチームがあるんだ。と気づいてくれたら。
サッカーというものがある
そのために自分から足を運び観たいと思う

そういったサッカーがある生活、日常を奈良県に根付かせること。
奈良クラブというチームとしてはもちろん、奈良県という地にfootballを伝えたい。

昇格請負人としての手腕ももちろん期待され、それを実現することも含め
サッカーというものを伝えたい
という大きな役割。

それを背負い、岡山一成選手は奈良クラブという新たな挑戦の場で戦っている―。


取材をさせていただいたのは地域決勝 決勝ラウンド直前。
奈良クラブの練習を観ていた時に、二人のスーツ姿の男性が歩いてきた。

チーム関係者の方なのかなと感じたが、そうではなかった。

男性に

これはどこのチームなんですか?

と問われた。


奈良クラブというサッカークラブです。

というと、それはどういったチームなんですかと質問を受けた。

Jリーグを目指し、今Jリーグのひとつ下のJFLへあと一歩という戦いを控えているチームです。
と伝えると

男性二人は

そんなに本格的なんですね!
奈良県にJリーグのチームができるかもしれないんですね!それは楽しみだ!!

未来への期待を興奮しながら言葉にし、目を輝かせ練習風景をしばらく観ていた。


きっと、男性たちは奈良クラブをこれから応援することだろう。
浸透、とはこういった少しのきっかけで起こるものなのだと感じ、Jリーグを目指すということはたくさんの人の夢を生むものなのだと、知った―。

奈良クラブは来季、新たなる挑戦の舞台に立つこととなるが、まだまだそれは通過点。
でも今はまず、その大きな一歩を奈良県で実現させたことに祝福を。


奈良クラブの挑戦は、これからも続く。

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奈良クラブ!!

名無しさん  Good!!0 イエローカード0 2014/11/28|13:39 返信

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