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北の大地が生んだ偉大なフットボーラー 1/4

2014/04/10 20:16配信

ミノル・スアレス

カテゴリ:コラム

学生時代の多くを札幌で過ごし、札幌でプロとしてのキャリアをスタートした。

皆さんは、北の大地が生んだ偉大なフットボーラーと言えば、誰を思い浮かべるだろうか。Jリーグ創世記において数少ない北海道出身プレーヤーだった野田知や山橋貴史か、あるいは、悲運の天才財前宣之か、実績なら城彰二かもしれない。しかし、10代で北海道を離れた彼らを、北の大地が生んだとするのは、違和感を覚える人が大半だろう。

そういった意味では、大学こそ道外であったが北海道出身であり、現役生活の全てを札幌に捧げたミスターコンサドーレ曽田雄志を挙げるべきかもしれない。最近でいえば、札幌ユースの最高傑作といわれる古田寛幸を推す声も多いかもしれないが、多くの意見は、西大伍で一致するであろう。

しかし、私にとってそれは、10年以上前から変わらず山瀬功治である。山瀬は中学時代にブラジル留学を経験しているものの、学生生活の多くを札幌で過ごし、地元のクラブであるコンサドーレ札幌でプロとしてのキャリアをスタートした。その後は、他クラブへ籍を移すこととなるが、北の大地が生んだと表現する理由は十分にあると言えるであろう。実績についても、先に挙げた中で山瀬を上回るキャリアを築いたと言えるのは城彰二くらいであり、偉大なフットボーラーの1人として数えることにも異議を唱える方は少ないのではないだろうか。

初めて見たときは、これほどの選手なるとは思いもしなかった。

正直に申し上げると、私は山瀬のプレーを初めて見たとき、これほどの選手なるとは思いもしなかった。山瀬功治というフットボーラーは、さしてセンスに恵まれたわけではなく、ボールタッチも正確であるもののやや硬質的で、スピードもずば抜けているわけではない。札幌出身だということで贔屓目があるだけで、同じく地元の星として期待されながら全く活躍できなかった遠国信也と同じ道を歩むだろう。それが当時の私の印象だった。(厳密には、遠国は札幌市に程近い千歳市出身であるが、ユースからの昇格ということも相まって、地元出身と捉えられていたと記憶している。)

山瀬がプロとしてどのようなキャリアを築いたかは言うまでもないであろう。彼は2000年に前年から強化指定選手として所属していたコンサドーレ札幌に正式に入団すると、初年度から出場機会を得て、コンサドーレのJ1昇格に貢献すると、翌2001年にはレギュラーの座を掴み、J1の新人王に輝いている。その後は、浦和レッズ、横浜F・マリノスに活躍の場を移し、主力としてチームに貢献してきた。

400を超える公式戦出場記録も然ることながら、100に迫ろうかという得点数は、ミッドフィルダーとしては特筆すべき数字であろう。(山瀬は昨シーズンまでの公式戦で88得点を記録している。)2008年には、日本代表で10試合に出場し、4得点を記録している。キャリアを通して、怪我に祟られ続けたことが残念でならないが、それでも偉大なキャリアを築いたと言って差し支えないであろう。

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