渡部博文の"神の手"クリア。審判のせいばかりではなく、選手会として自浄作用を!
2017/08/27 14:37配信
カテゴリ:コラム
8月26日。J1リーグ第24節。
ジュビロ磐田vsヴィッセル神戸の試合。
前半24分に、アダイウトンの完全にゴールを捉えたシュートをヴィッセル神戸のDF渡部博文の"手"によってクリアされました。
映像で見ていても違和感のあるクリアで、後でリプレイを見ると意図的に手で叩いていることも明らかです。
決定機阻止であるため、レッドカード&PKが当然ともいえるプレーでした。
しかし、 飯田淳平主審はあろうことか、コーナーキックの判定。
恐らく、見逃してしまっていたのか、選手の影に入ったのかで見えなかったのでしょう。
見えなかった以上、ハンドと宣告するすることはできないので、やむなくコーナーキックだったのでは無いでしょうか。
このシーンでは、明らかに審判の能力に疑問が残ります。
このプレーは、磐田が結果的に勝ったからまだよかったものの、優勝争い、残留争いで勝ち点1でも失えない試合でこのようなミスがあったら。
それは、計り知り得ないミスであったと思います。
飯田淳平主審や審判委員会には、ミスを認め、切に反省をして頂き、再発防止のために努力をして頂きたいです。
ただ、このようなことが合った場合、ファンもクラブも選手も。
つい。「審判が悪い!」といった風潮一色になりがちです。
しかし、これはおかしいのでは?と思っています。
確かに、審判が悪いのは間違いありません。
ただ、よくよく考えれば、「ズル」をした渡部博文が一番悪いわけであり、最も非難されるべきは選手本人なのではないでしょうか。
こういったシーンについて、よく選手が話す言い分として、「熱くなっていたので、どこに当たったのか覚えていない」といった発言がありますね。
私自身は、サッカー選手ではないので、本当にそうなのかは分からないのですが、これだけ映像証拠があるのです。
自分のゴールが、このようなミスジャッジで取り消されたら、おそらく渡部選手も、かなりの抗議をするのではないでしょうか。
渡部選手は、審判の適正なジャッジを願うのであれば、意図的か意図でなかったは関係なく、謝罪のメッセージを出すべきではないでしょうか。
また、渡部選手は、「ヴィッセル神戸の選手」です。
つまり、集団レベルに視野を広げれば、「ヴィッセル神戸がズルをした」ことでもあるのです。
クラブとしても、自らがこのようなジャッジを受ければ抗議をするのですから、今回のように明らかな誤審を招くプレーをしたことを、自らお詫びとしてメッセージを出すべきではないでしょうか。
それをせずに、自分が損するジャッジのときだけ抗議をして、得をした時は抗議をしない、というのは、道義的に考えても"おかしい"と思ってしまいます。
また、別の視野で考えれば、渡部博文選手は、「選手」です。
つまり、「選手がズルをして」「審判が見逃した」という案件なのです。
犯罪に例えるのは飛躍しすぎではあるかとも思いますが、いわば犯罪を犯した人がお咎め無しで、捕まえられなかった警察が叩かれる。
といった状況です。
これでは、警察も「ふざけんな、やってらんねー」と思ってしまっても仕方がありません。
サッカー選手は、常に審判に適正なジャッジを求めています。
しかし、サッカー選手自身が、シミュレーションをしたり、今回のようなズルをするようなプレーをしていることも事実です。
それなのに、審判の誤審のときばっかり非難をするということは、
「俺達はお前たちを騙すけど、俺のときは見逃せよ。ただ、他の奴に騙されたらタダじゃおかねーからな!」
と言っているようなものです。
ジャイアンどころかヤクザまがいの要求です。
選手たちは、選手たちとして自らがそのようなプレーをしないよう、努力をするべきではないでしょうか。
そういう意味では、「選手会」という組織があるのです。
例えば、月に一回でも、ミーティングを開いて、シミュレーションなど審判を騙す行為をレビューする。
特にひどいプレーには、選手会としてその選手に注意をする。
そして、それを公開する。
このような仕組みがあるだけでも、「無いよりは」少しはマシになるのではと思うのです。
選手会がそのような姿勢を見せれば、なかなかミスを認めない審判委員会も歩み寄ってくるのではないでしょうか。
「いや、審判の方がレベル低いんだから、こちらから歩みよるなんて!」と思うかもしれません。
ただ、サッカーに限らず、小さな意地をはる人は、例外なく未熟な人です。
経緯がどうであれ、小さなプライドなどどうでもよく、結果のためには自分から降りれる人が、いつだってオトナで、素敵です。
審判ばかりのせいにしていないで、選手として、クラブとして、今回のような「ズル」は後で謝罪をすることで、よりフェアなリーグになっていくのではないでしょうか。
こういう愚かな判定をするから、選手としても「ズル」をした方がいい、あるいはJリーグではズルをしなければ勝てないという心境になる面もあるかと。選手の側からすれば、フェアプレーは審判との信頼関係のもとで成り立つものです。やはり今回の問題は、審判の失敗により審判への信頼を損ねたという側面が大きいと考えます。
名無しさん | 0 0 |2017/09/02|10:04 返信