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【浦和レッズ】 興梠慎三 浦和で得た充実とエースという譲れない信頼 【J1】

2014/08/25 14:05配信

飯守 友子 (CHANT編集部)

カテゴリ:コラム

 

 

昨年も浦和レッズは大型補強を行った年といっていいだろう。

一番注目を集めたのは一昨年度チャンピオンであるサンフレッチェ広島から移籍した森脇だったが、大型補強の中でも知名度的にも大きな衝撃があったのは、興梠慎三だった。
昨年はACL出場もあり、浦和の補強はここ数年でみてもかなり本格的だったといって良いだろう。
浦和レッズの目指す場所はあくまでJリーグ優勝ではない。
アジアナンバー1クラブになり、世界で戦うこと。それが浦和の置いている目標なのだ。
 
浦和レッズはご存知の通り、ACLにてはじめて日本勢として優勝を経験したクラブであり(ACLになる前の大会ではジュビロ磐田が優勝経験アリ)、クラブW杯では堂々の3位という成績を残し世界に浦和レッズというチームの名を轟かせた。
 
その時の経験が浦和レッズというクラブにおいて本当に大きい経験であり、大きな一歩だった。
だからこそ、またあの場所に立ちたい、あの場所でもっと上に行きたい。世界と戦えるクラブであり続けること、それが浦和の目標なのだ。
 
見据える先がそこにあるからこそ、日本だけでなくアジア・世界で戦えるチームが必要だと考えた浦和は積極的な補強を行った。
森脇だけでなく、DFに那須、FWに興梠、MFとFWをこなす関口と名のある選手たちが加入した。
 
移籍したのは昨年のこと。
しかし、その年から浦和の絶対的エースとして位置を得たのが、興梠慎三だ。
 
サッカー好きなら彼の活躍は知っているはずだ。
鹿島アントラーズといえば…という中に興梠の名前が挙がるというほど鹿島での貢献度が高い。
2012シーズン、興梠の出番が減っていたと表現する者も多いがそれでも30試合に出場、11得点とFWとしては2ケタ得点を挙げ、得点ランキングとしても上位に名を連ねた。
その興梠が2005年、高校卒業から長年プレーしてきた鹿島を後にし、新天地浦和レッズへと道を選んだ。
それはなぜだったのだろう。
 
今はインターネットの時代だ。
興梠の移籍に関することを調べようと思えば、簡単に調べることができるであろう。
しかし、それでは意味がない。気になることは自分が聞いて実際の表情を見て感じること。
それが私のサッカー選手との向き合い方だ。
 
資料のひとつとして興梠が在籍していた頃の鹿島の試合を見た。
後半戦に入ると興梠はMFとしてサイドハーフでプレーしていた。
これが原因のひとつか…と感じた。
 
彼は誰がみても、完全なFWの選手だ。
それまで直接的に話したことがない選手であったものの それでも彼がFW気質であることは容易に想像できる。
そんな興梠をなぜサイドハーフの選手として起用したのかはわからないが、それでもジョルジーニョ監督のやりたいサッカーでの1トップは興梠慎三を置くサッカーではなかったのだろう。
サッカーから伝わってくるものはなんとなく掴んだ。
しかし、本人の胸の内はやはり直接聞いてみないことにはわからない。
なぜ移籍をしたのか-。
それを聞いてみたい、それが私が興梠に問いたいことだった。
 
しかし。
実際に鹿島の興梠ではなく、浦和の興梠を観て、そんなことはどうでもよくなってしまった。
彼は何年もそこに存在したかのように、あたりまえにそこにいたからだ。

そう、感じたのである。
 
鹿島から浦和に移籍をすることはタブーに近い。
今まで鹿島から浦和に移籍したのは室井と阿部という前例があったもののそれでも彼らは浦和出身という布石があったからこそ実現した移籍だった。
実質、鹿島から浦和への移籍は、控えやメンバー外というのではなく試合に出場してる選手が移籍するのは初であり、なんの布石もない状態で移籍をするのがタブーという暗黙のルールのようなラインがあった中で移籍をしたのは興梠が初であろう。
そのことは本人もきっと承知の上。きっとかなり悩んだのだ。
だからこそ興味があった。なぜ移籍をしたのか。
しかし、そんなことはもう過去のことなのだ。
興梠慎三はもう浦和レッズの選手なのだと強烈に印象を与えた。

-そう、姿が語っていたのだ。
 
鹿島の興梠という私の中にイメージが形成されていたが、イイ意味で一瞬で崩壊した。
リラックスした表情で浦和のタレント揃いの選手の中でボールを蹴る。
スイッチが入ると高い要求に応えようと必死にゴールを狙うのだ。
シュートが外れたり、ボールを取られるようなことがあると自分を叱咤する。
周囲との確認も忘れない。もちろん自分で要求もする。
これは練習なのだと忘れてしまうぐらいのゴールへの執念が伝わってくる。

絶対にゴールを決めるんだという姿勢がこんなに伝わってくる選手は久しぶりかもしれないと感じるほどに興梠は「FW」だった。
 
練習後の興梠慎三は、初対面ながら私の問いかけにとてもやわらかく応えてくれた。
私が今まで接してきた選手たちの中でも、著しく成長した選手だけが感じさせる空気。
その空気感を初対面なのに感じたというのが表現として精一杯かもしれない。

それは浦和での「充実」を現している証拠であろう。
 
私は結果的に一言も鹿島と浦和という言葉は出さなかった。
どうして移籍したのかという質問自体も、移籍してから半年が経っていたその頃、聞くこと自体がナンセンスなようにも感じた。
移籍直後じゃない時間だからこそ、話せることもあったかもしれない。
しかし、浦和で充実してる彼に今聞くことではないと私は躊躇した。それぐらいの充実感を感じたのだ

そう興梠慎三の姿が、言っていたのだ―。


 

 
ペドロヴィッチ監督は浦和がアジアで戦う上で必要な1ピースとして興梠が必要だと指名した。
 
浦和では意識がものすごく高くなければいけない。
もちろん鹿島でも意識は高く持っていた。常勝でなけれないけないという見えないプレッシャーの中で鹿島ももちろん意識の高いチームだった。
でも、浦和の意識はそれとはまた違う。
少しでも抜いたり、少しでもミスが続くともう明日には自分の居場所はない。
誰一人場所が確定してる選手はいなくて、掴んだ場所を必死に自分で高めていかなければならない。
そのままではダメ。現状維持ではなく一日一日うまくならないと浦和ではやっていけない、と笑顔を見せて話す興梠は、浦和のサッカーを語るのがとても楽しそうに見えた。
 
しかし話を聞くとその毎日のギリギリの緊張感と意識の高さでは疲れないのだろうかという疑問も持った。
 

疲れますよ。
でも、それが「サッカーしてるなぁ」という充実感に繋がっていて、今までで一番キツイけど、楽しい。
 
 
北海道の高い青い空の下、そう言葉にする興梠は、サッカーを愛する、浦和を愛する一人の選手だった。
 
一日一日、浦和のサッカーを楽しんでいるのだろう。
いろんなことにぶつかりながらもそれを越える楽しさがあるのだ。
 
意識が高い中でもチームの絆はとても深い。
ボールを繋いでくれた仲間のために、いつも大きな声で後押ししてくれるサポーターのために、興梠はゴールを決めなければならないと自分に唱えている。

 
 
興梠の眼は決意と覚悟の眼をしていた。
 
きっといろいろな覚悟をして、いろいろなものを背負っているだろう。
それは自分で選んで背負ったものだ。
 
自分で決めて、自分で重くしたからこそ、その覚悟と決意は大きなものだ。
2005年からのキャリアがある鹿島ではなく、27歳になる興梠の選んだ場所は日本でも一番厳しい場所であろう浦和レッズという場所だった。
 
自分で決めた道だからこそ、だろうか。
彼の姿はとても大きく見えた。
 
決してリーダーシップがあるタイプではない。
言葉がうまい選手でもないし、影響力を与えるような選手ではない。
プレーで魅せるタイプの選手だ。
 
彼の求めるものは、ゴールという結果。
一度、鹿島で悔しい想いをさせられた ポストプレーへの絶対的信頼。

興梠慎三は、浦和レッズで貪欲に結果を求め、今日もギリギリの状態で高めていることだろう。
 
 
覚悟と決意を背負って、充実という大きな笑顔を魅せながら-。

 


 
 
※※※

浦和レッズに移籍してからの興梠は日本で今一番ポストプレーができる選手といっても過言ではないだろう。
ポストプレーをするFWとして絶対的なポジションを確立し、結果を出している。
どんなボールであってもどんな位置であっても前でボールをおさめることができ、叩くこともでき、自分で前を向くこともできる。
自分が、そして周囲がゴールを狙う波状攻撃ができる浦和の攻撃を、興梠は一番前線で担っている。

日本を代表するFWであり、首位を走る浦和の絶対的エース。
興梠慎三が掴んだ浦和サポーターの信頼は厚い。

 

 

 (8月25日PM4:15訂正いたしました)

Good!!(86%) Bad!!(13%)

興梠慎三が、今の浦和を大きく変えた。

名無しさん  Good!!6 イエローカード4 2014/10/12|19:15 返信

なぜ鹿島から浦和への移籍はタブーなのですか?

名無しさん  Good!!0 イエローカード5 2014/08/25|19:13 返信

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