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【RKU】 2年小池裕太 達成してみせる舞台の違う二つで求められる期待 【流通経済大学】

2016/04/28 12:01配信

飯守 友子 (CHANT編集部)

カテゴリ:コラム


サッカー選手において、負けず嫌いというスキルは必要不可欠なものといって良いであろう。
負けても悔しさを強く感じることがない選手も中にはいるというが、そういった選手たちの今後は先が見えているであろう。

負けたくないと漲る闘志。
悔しく歯を食いしばる気持ち。
勝たなくてはならないという使命感。

それらは戦う立場として必ず必要となるものだ。

流通経済大学サッカー部は幾度となくプロ選手を輩出し、たくさんの大学タイトルを得て、天皇杯ではJクラブにも勝利するような名門大学サッカー部である。
在籍する選手は1学年約60名から成る約240名。
強豪校に集まる良質な選手たちによる過酷な競争が存在するチームの中で限られたトップチームの中で、ピッチに立っている現在2年生。
昨年新人賞を獲得した流経大の若武者は、今季から鹿島アントラーズの特別強化指定選手にも登録された。

誰にも負けたくない―。
その強い信念が漲っている。

小池裕太。19歳。

彼のfootballに迫る―。


●プロになれなかった経験を経ての「今」

サッカーをいつ頃から始めたかという質問に対し、同時にインタビューをした他の選手たちの4歳というスタートを聞いて、
「4歳…なら俺は3歳。俺が一番」と冗談であってもサッカーをはじめた時期に対し負けず嫌いを発揮する。
自分が誰よりも一番サッカーをやってきたんだ。
そう前面に出したい彼は、幼少期にサッカーを始めた。

保育園の日常の日程が終わってからボールを蹴る。まだ少年とも言えないくらいに幼い頃から、ボールを蹴る楽しさを覚えた。
本格的にサッカーをやり始めたのは小学生に入ってからだという。

トップ下を任されていたという小池のその姿が浮かぶように、トップ下の選手であったであろうプレーが現在の左サイドバックのポジションでも感じることができる。
テクニックがあり、多彩なキックの選択がある姿は、トップ下での経験を感じさせる選手だ。

現在の左サイドバックのポジションには高校2年生頃から与えられた。
アルビレックス新潟ユースで、その才能が開花した。

アルビレックス新潟ユースの最高傑作とも呼ばれる選手の一人であった彼は、高校2年生でトップ登録となり、二種登録扱いになった。
当時からトップの練習やキャンプなどに参加し、その存在は全国的に知られる存在となり注目を集めた。
早くから抜き出たその才能を前にトップ登録は間違いないであろうと周囲は期待したが、高校3年の夏。
トップのキャンプ中に突然告げられた「抜けろ」という宣告。

その一言で、自分がトップ昇格することはもうないのだと悟った。
プロへ行くという揺るぎない目標を達成するため、他のJクラブに練習生として参加するも、正式なオファーは届かなかった。

ユース時代を小池は「やんちゃだった」「ガキだった」と振り返る。
監督に言われたことに対し、文句とも取れる言葉で言い返すこともあった。
どこか慣れが出てしまい、なぁなぁになってしまうことでプレーに波が生まれてしまうこともあった。
納得がいかないときには練習を途中で切り上げ帰ってしまうことさえあった。

そうした態度や姿が絶対になりたいと目指していたプロに繋がらなかった原因のひとつであると自分で今、振り返ることができている。
ユースを経てプロへ行く。その強く抱いていた目標はあと一歩のところで叶わなかった―。
掴みたかった目標を自らが遠ざけてしまい、原因を作ってしまったのかもしれない。
プロになるということは、技術や質だけが求められているのではなく、人間として必要なことがあると知った。
プロサッカー選手になるために必要なのは、技術や質だけではなかった。

プロへの道が閉ざされ、大学進学を模索する中で、流経大コーチである大平コーチから長く熱心な誘いを受けていた小池は流経大への進学を決める。
プロ選手を多く輩出している大学であり、環境も整っている流経大は魅力的だった。

入学が決まったタイミングで、インカレの決勝を見に行った。
その年、流経大が唯一手にしていなかったタイトル、インタレのタイトルを獲得した試合だった。
小池の流経大でのスタートは、先輩たちのインカレ優勝の瞬間からとなった。

プロになりたかった。なれると思っていた。
しかし、プロサッカー選手になることはできなかった。

でも絶対に、諦めない。
その想いを持って、流通経済大学の門をくぐった。


●どこが舞台となってもすべてを獲りに行くという強い「信念」

入学後、小池はJFLに参戦している流経大ドラゴンズ龍ヶ崎を舞台に戦った。
JFL6節にはスタメンに名を連ね、ゴールを決めた。
左サイドバックで出場した小池の初出場、初ゴール。
この試合が行われた6日後、トップチームの関東大学リーグに起用され、トップ昇格を果たした。
左足から繰り出される正確なキックと得意とする縦への仕掛けによって自らの特徴を魅せ、競争激しい流経大のトップチームでスタメンの座を得た。
その活躍が認められる形で2015シーズンの新人賞を獲得。
1年目にして、大学屈指の選手として名を挙げた。

大学に入った当初は、スピードの違いに少し慣れるまでに時間を要したと話す。
それでも「違い」を自分に吸収するまでに1.2試合の時間しかかけなかった。
すぐに適応することができること。それが自身の持つ能力でもあり、Jのトップチームに参加した経験があるだけにその部分が重要だと感じている。

「人数も多くて良い選手がたくさんいるからこそ、すぐに抜かされるという危機感を持つようになった」
ユース時代はトップと二種登録もされたことで、どこか自分のポジションが揺るがされることはないという中でプレーしてきた。
しかし、流経大は違う。
おそらくユースの頃のように慣れを見せたり、態度を悪くするようなことがあると、すぐに外される。
どんなにチームにとって戦力であっても、確実に外される。
能力のある選手であっても中野監督は問答無用に「適さない」が見えると起用しない。
そういった先輩たちの姿も空気も感じているからこそ、自分の高校時代を振り返り「ガキだった」と振り返ることができるほどに、忍耐を覚え、チームにおいて自分は自分だけではないという自覚を持った。

中野監督はプロを多く輩出してきた自らの手腕と指導においても、
「うちはプロ養成所ではない」と話す。

プロになる選手を育てることが第一ではなく、人間形成の部分に重点を置いている。
流経大の選手たちは自分たちが自身を見つめたときに「成長として感じる部分は人間としての成長」と多くの選手が口にするほど、その変化が大きく現れることが特徴だ。

まだ19歳の小池裕太が、地に足を付けそれまでの自分を振り返ることができていること。
それが「流経大らしい」変化なのだ。

それでも大人になりきったわけではない。
大人になりすぎてしまうと、選手としての魅力が半減してしまうこともある。
小池は良い意味でまだまだ「やんちゃ」さが残る選手であり、人間である。
そのやんちゃさがあるからこそ、どこへ行っても気持ちで空気で負けること、動じることはないであろう。

絶対に誰にも負けない―。
その漲った信念を持っていることが、インタビュー中にも充分に伝わってくる。

今季リーグ開幕前、鹿島アントラーズのキャンプに参加した。
大学1年生時の活躍が認められ、左サイドバックの選手として参加した小池は、紅白戦や練習試合を含め今季の土台を創り上げる一員としてプレーした。
その印象を「一人一人の質が全然違うと感じるほどに高いと感じた。それによって出しやすかったり受けやすかったりを実感した」という。
大学との違いを感じる中で「スピードは大学もある。スピードの部分では大学でも充分速い中でやっているのでやれると感じた」と話す。
「練習中の雰囲気も良く、優しくしてもらったこともあって伸び伸びとプレーすることができた」と話すが、特別指定選手となった今、プロへの練習へ行く「大学からのお客」として終わるつもりはない。
当然やるからにはポジションを奪う気持ちで、真っ向からチャレンジする。

今後、流経大での練習と試合での競争ある戦いをしながら、鹿島アントラーズの練習にも参加することとなる。
現在はまだ練習合流には至ってないが、授業の編成などを経て今後鹿島アントラーズの練習と流経大の練習とのバランスを取って、スケジュールをこなすことになる。

そのどちらにも、高いモチベーションで挑む。


大学での今季、自身の目標を
「アシスト王」と、強く言い切った。

そして力強く放った。

「自信がある」と―。

現在、流経大ではボランチで試合に出場している。
その理由について、自身では「守備強化」を挙げる。

中野監督ははじめから答えを選手にすべて与えない。
こういう理由でボランチにした、こういうプレーを求めているなんて言葉を並べることはない。
必ず選手に考える機会を与えるために、答えをはじめから与えることはしないのだ。

ボランチへのコンバートについて小池は
「自分は守備ができないと感じている。だからこそボランチで守備を強化することと、自分の好きであり特徴であるキックによってサイドへ振ったりといった展開能力も求められていると感じている」
「どこへでも常に顔を出せる選手になりたい。おそらくそれも求められていることだ」と話す。

中野監督が大学サッカーについてお話をしてくれた時、
「関東の大学サッカーはボランチの位置に強いプレッシャーがかかる。プロ以上にボランチに厳しいプレッシャーが来る」と話されていたことが、この小池のコンバートに繋がった。

Jクラブとの練習試合ではボランチに強いプレッシャーが来ることは少ない。
ボランチの位置にプレッシャーがないことで前を向いて自由にプレーできることになり、Jクラブ相手に手ごたえを感じることで自信を持ってしまうと中野監督は言う。
しかし実際は、大学リーグで強いプレッシャーが来ることでその手ごたえは全然通用しないという現実に当たるという。

小池にボランチというポジションを与えたということは、強いプレッシャーの中でも結果の出せる選手、守備面で課題があるからこそ厳しいプレッシャーの中で育てる中野監督の育成がそこにあるのではないであろうか。

それを言葉では説明されてはいない。
考える機会を与えられた小池は練習、そして試合を通してそのメッセージをキャッチしている。
「与えられたポジションはどこでもこなす。必ず結果を出したい」
そう、強く語った。

スピードに乗っても正確なキックを供給することができる。
身体は身長を数字で見ると小さいと感じるかもしれないが、数字以上の威圧感を感じる強さを持つ。
縦への仕掛けに思わず立ち上がってしまいそうになるほどのキレと鋭さを感じ、衝撃を覚える。
全身に鳥肌が立つ―。観ていてそんな感覚を久々に覚えるほどの選手である。

「やんちゃだ」と感じるかもしれない。
でも彼の良い意味での生意気さは、厳しい中でサッカーをする上で確実に必要なものであり、
プロの中でも動じることのない「信念」となる。

プロだから。
大学生だから。

そんな違いや分け方はナンセンスだ。そう彼は全身で言っている。

俺は、どこでもやってやる―。

その漲った信念は、今後自信を生み、悔しみを生み、前へ進み、立ち上がる すべての糧となるであろう。

大人になりすぎなくていい。
表に出るほどの負けん気は、鋭い武器となるであろう。


小池裕太。
流通経済大学サッカー部、そして鹿島アントラーズで戦う。
どちらも全力で、自分がそして周囲が求めるすべてを 獲りに行く。

◇小池裕太◇

1996.11.6生 DF

170㎝ 64㎏

アルビレックス新潟ユース

2013年アルビレックス新潟トップ登録

2015年度デンソーカップチャレンジ全日本選抜

2016年鹿島アントラーズ特別指定選手

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こいつ

名無しさん  Good!!2 イエローカード0 2016/05/19|09:39 返信

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