CHANT(チャント) 横浜F・マリノス

【横浜Fマリノス】 芸術的なフリーキックは積まれた努力から成る 背番号10だけが蹴ることができる奇跡 【J1】

2015/08/30 23:26配信

CHANT編集部

カテゴリ:コラム


目線が動く。
ゴールの隅々まで行き届くようにコースを見極め、GKの位置を確かめる。
目の前にある壁の高さからその足元の隙間、跳んだ時の高さと足元に空くスペース、放ったボールの描く弾道がどのコースを経てどこで曲がりどこで落ちることがベストか。
強いこだわりがあるからこそ、そのすべてを計算し尽くす。

ココだ。

蹴るコースを決めてもなお動く目線。
GKが自分の目線を見ている。俺の視線を読んでみろ。

左足でボールの感触を確かめながら、重ねた練習の数々と、これまで蹴ってきたFKの数々。
それを元に最良の選択をし放たれた黄金の左足からのボールは、思い描いた孤を描き、計算されていたかのように美しくゴールへ向かって伸び、反応したGKさえも止めることのできない場所へと導かれ
ゴールネットが揺れると同時に、トリコロール色の日産スタジアムが揺れた―。


鳥肌が立つというのはこのことと実感させるような、美しい中村俊輔らしいFKだった。


●蹴り続けてきたフリーキック。その一本一本の経験が生きたゴール。

マリノスが大好きだった―。
マリノスの一員になりたくてなりたくて仕方がなかった中村俊輔は、マリノスジュニアユースのセレクションを受けて合格し、マリノスのユニフォームにはじめて袖を通した。
当時からボールを扱うやわらかさ、しなやかさは群を抜き、テクニックに関して貪欲に追及を続ける少年だったという。
しかし、大きなリスクがあった。
身体が小さいということで思い描くキックが蹴れなかったのだ。

試合中にあそこにボールを出したいとサッカー脳として「見えている」箇所は多々あるものの
小さな身体ではロングボールを正確に蹴ることが難しかった。
通常中学生レベルでは見えていないであろうその場所が見えているのにも関わらず、そこに蹴り出すことができない。
サッカー感は充分に持っているのに自分の身体の小ささによって、プレーに支障が出てしまっていることに悔しさを噛みしめながらも現実的に受け止めていたジュニアユース時代。
最良の選択は見えていても自分には30m先へのパスを出すことができない。
そのどうにもできない現実と戦い続けた。

中学3年間で周囲との身長差は10㎝も拡がり、身体が小さいというリスクはどんどん拡がっていった。
憧れたマリノスユースへと上がることは叶わず、桐光学園へと進学。
そこで自分の武器を磨くべく努力の日々を送っていた。

部活の練習の他に自分だけの練習時間がほしいと、毎朝5時過ぎには家を出て約2時間かけて通学し、7時にはグラウンドに立った。
練習を重ねたのはフリーキックの練習が主だった。

とにかくボールを蹴った。
監督が照明の電気を消すまで、毎日毎日ボールを蹴った。
朝フリーキックを蹴って、夜もゴールに向けてボールを蹴る。
ただ無心に蹴ったわけではない。自分の「見えている」ところにボールを蹴るためにはどの角度で、どのパワーで蹴ることが必要か。
分析を重ねながらボールを蹴り続けた。
そのひとつひとつが経験となった。

大好きなマリノスのトップ選手としてピッチに立てるようになってからも
こだわりの練習は日々続いた。
日本代表で活躍をしても、10番を背負いチームの中心となっても、海外チームで主力となり世界のサッカーを経験しても
練習が終わってからボールを蹴り、追求を続け汗を流しながら、ゴールに向かいボールを蹴り続けた。

それは今も変わらず、だ。

中村俊輔のボールタッチやしなやかさは天性のものであり、天才という表現が適しているかもしれないが
誰よりも努力を重ね、サッカーノートを付けることで課題を見つけ出し、自分に課題を突き付け、克服してきた長き努力があるからこそ
「中村俊輔」が生まれたのだだ。

努力から生まれた 天才―。
フリーキックは偶然から生まれるのではなく、長年蹴り続け何万本、何十万本、何百万本のフリーキックから得た経験から最良を選択して放たれるものなのだ。

中村俊輔にしか打つことのできないフリーキックで、浦和レッズから先制点を奪った。


●改めてこれが「横浜Fマリノス」だと示した背番号10の姿と影響力

(PHOTO/2015.7.19)

今季中村俊輔は怪我を治すことからスタートした。
左足関節三角骨摘出術 および関節内遊離体摘出術の手術を行い、全治2か月から3か月という診断が出た。
我慢の時間からのスタートとなり、横浜Fマリノスは中村俊輔不在のままシーズンを迎えた。
監督が交代し、全員が一線となりスターティングメンバーへの競争へ同じスタートを切ったが、中村俊輔は怪我を治すための日々を送っていた。
開幕し、新たなマリノスとして試合を重ねて行く。
その試合をスタンドから観て映像から観て、自分が入った時のとこを思い描きながら、客観的に分析を重ねたことであろう。
4月末には復帰となったが、さらに肉離れを起こすなどしてファーストステージは途中交代で入った3試合の出場だけに留まった。

それでも頼れる背番号10がピッチに立つことは、やはり大きな影響力があった。
中村俊輔がピッチに立つことでチームが締まり、なにかが起きるという空気となる。
起こせる力を充分に持っていることを相手チームを含め会場にいるすべての人が、その試合を観ているすべての人が想像するに易しい存在感。

他にはない、中村俊輔だけの影響力は今年も健在だった。

セカンドステージに入ると横浜Fマリノスは苦しい時期を迎える。
ファーストステージ途中から勝てなかった日々が、セカンドステージでも積み重なり気づけば最下位のひとつ上という位置に沈むことも。
そこでマリノスの指揮官モンバエルツ監督は、ひとつの光を試すことでチームの攻撃に大きな変化を促しチームの嫌なスパイラルを止めた。
アデミウソンをワントップの位置から一列下げることが大きなポイントとなったが、中村俊輔を配置することでアデミウソンがさらに持っている技術を使い自由にプレーできるようになり、さらに多彩な攻撃力が重なり合うことにも目を付けた。
ボランチでの出場が多かった中村俊輔を本来のトップ下へと配置した昨日、浦和レッズ戦。

俺の位置はココだ。

そう叫ぶように、中村俊輔は「中村俊輔」だった。
攻撃はもちろん守備へも向かい、「見えている」先へ先へと動いた。
浦和の攻撃へ向かうボールを先読みし、コースへと入りボールを奪取し、前線の選手たちが動き出している先へと配球した。
中村俊輔が多彩に動けるようにとメッセージが込められた、ボランチ二人のバランスの取り方も絶妙で、前線の選手たちは中村俊輔から出てくるボールを信じ走っていた。

トップ下に入ったことで、横浜Fマリノス全体がチームとしての連動を最大限に出すことができ、チーム力として浦和レッズを圧倒した。

攻撃へ守備へと走る10の背中を見て、力を抜けるわけがない。
その背中に刺激され、チームがひとつになるのは横浜Fマリノスだけの特権であり、チームの「色」でもある。

トップ下から繰り出されるボールと守備のために「見えている」場所へと走る。
中村俊輔が躍動するとチーム全体がひとつになり、躍動する。
ホームスタジアムが一体となるのだ。

トップ下に頼がいある姿があることで、前線で動くボールの多彩さが増えた。
アデミウソンの世界トップクラスになるであろう技術はさらに魅せることとなり、日本で今一番のディフェンダーとも多くのメディアや指導者たちからの表現がある槙野を圧倒。
何度も独自のリズムで振り切った。
思うようにやれただけではなかったものの、それでも浦和相手に横浜Fマリノスの本来の姿を魅せることができたことは確かだ。
奪った得点は4得点。
今季失点の少ない浦和レッズから4得点を奪いなあら完封したのは、Fマリノスがはじめてだ。
それだけではなく、浦和レッズがほとんどの時間帯で後手に回った試合は、はじめてだったのではないだろうか。

アデミウソンの位置を変えたことで調子を上向きに変えてきた、横浜Fマリノスだが
中村俊輔というチームの核を真ん中に置いたことで、指揮官自らはじめて横浜Fマリノスの大きな可能性を見たことになったかもしれない。


ココは俺の場所だ―。


そのメッセージはおそらく強く伝わったことであろう。

前線へと走り出していた時。
後ろから浦和の選手が来ているのが見えていた。
スピードを上げて後ろから来ていることが見えていたからこそ、減速して緩急を付けた。
思った通り浦和の選手が後ろから突っ込む形となり、自分の得意とする位置でフリーキックの機会を得た。
もらいにいくファール。
それも立派な攻撃に必要なfootballだ。

壁を見た。
真ん中にはマリノスでもチームメイトだった那須が位置した。
那須の跳躍力があるのは知っている。知っているからこそ計算できた。
目一杯跳んだとしても引っかからない場所。
そしてGK西川からみて嫌なコースを描いた。
西川が読んだとしても獲れない場所、獲れないスピードを計算した。

正面やや右ペナルティエリアの位置からフリーキックを蹴って決められる選手は他にもいる。
ただし、すべての計算を瞬時にした上で最良の選択をし、GKが反応したとしても取れないスピードでゴールの隅に決められるのは
中村俊輔のフリーキック他にないであろう。

西川から見えたと思ったときには、ゴールネットを揺らしている。
そんなスピードがありながらよく曲がり、落ちた。
「中村俊輔」のフリーキックだった。

前半の良い時間帯の先制ゴールが、チームを象徴する「10」の努力を重ねて決めることができるゴールがだったことが
横浜Fマリノスを90分躍動させた、大きな原動力になったことは間違いない。
経験があるからこそ浦和の緩急あるサッカーの先行きを見て、先手を打ち続けた。

勝てなかった時期を乗り越えて、4連勝を重ねた横浜Fマリノス。

横浜Fマリノスの背番号10は、トップ下が似合う。
中村俊輔のポジションは「中村俊輔」という特別なポジションだと改めて示された試合となった。


レジェンドとはこういう選手のことを指す―。

なかなか止まない鳥肌が立つほどにその強烈な存在感と世界観が突き刺さり、そう心から痛感した―。

(PHOTO/2015.7.19)

Good!!(100%) Bad!!(0%)

この記事も読んでみる