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【横浜Fマリノス】 マリノスタウンの移転。新たな時代のはじまりを意味する。【J1】

2015/05/22 13:40配信

CHANT編集部

カテゴリ:コラム


横浜Fマリノスの本拠地ともいえるマリノスタウンの移転が決まった。
マリノスタウンはJリーグクラブの中でもトップクラスの施設であり、街の中にあるプロサッカー施設としてその存在感を放ってきた。
マリノスタウンが移転するということは少し寂しい気持ちになってしまう。

移転先は日産スタジアム横の日産フィールド小机の改装と予想される新横浜公園。
マリノスタウンは2016年3月で閉鎖されトップチームが使用するのは今季終了後までの見込みとなった。

●都市型施設として存在感を発揮

マリノスタウンは総工費20億円と言われるJリーグクラブの中でもトップクラスの施設だ。
なによりもその立地が他のクラブとは違う。
横浜といえば!というほどに横浜の注目地域であるみなとみらい地区に存在している。
マリノスタウンが出来た当初はまだ開発途中であり、周辺に建物はあまりなかったものの、今となってはたくさんの高層マンションやビルが立ち並び、この地にマリノスタウンがあることが横浜市民にとっても今根付いていることであろう。

横浜マリノス時代から、マリノスは練習場を何度か変更してきた。

最初に練習の場となったのは新子安グラウンド。
横浜駅から京浜東北線で二駅のところにある新子安の練習場は、駅から徒歩10と分かからないところにあった。
そこにはクラブの事務所も当時はあり、下部組織もそこで練習をしていた時代だ。
新子安の練習場で中村俊輔が少年時代マリノスジュニアで育ったのは知られた話であろう。
新子安グラウンドからさらに徒歩5分ほどで、長期間使用された選手寮が小高い丘の上にあった。
松田直樹もそこで若手時代を生活し、たくさんの選手たちがその寮から巣立っていったことで知られる。

その後、獅子ヶ谷に練習場を移した。
獅子ヶ谷の練習場は、京浜東北線で横浜駅から3つ目の駅である鶴見駅、東横線の獅子ヶ谷駅のどちらかからバスに乗り10分ほどのところにあった。
住宅街にあり、少し丘となっている場所に練習場があり
住宅が密集する中にぽつんとある1面のグラウンドではトップのみが練習し、クラブハウスは存在したものの、サポーター席も木の長椅子のみ、自販機がひとつあっただけの今のマリノスタウンの施設から考えると見学する側にとっては厳しい環境だった。

横浜フリューゲルスと合併しFマリノスになると、それまでフリューゲルスが使用していた戸塚トレーニングセンターに練習場を移した。
戸塚グラウンドは戸塚トレーニングセンターという大きなスポーツ施設の中のひとつであり、獅子ヶ谷に比べると開放感があり近くにプールなどが併設施設としてあるため、リハビリの選手たちにとっても良い環境だった。
東戸塚駅からバス等で向かうことができたが、練習見学者にベンチのような芝の段があっただけで練習見学者はシートを持っていく必要があった。

そしてマリノスタウンが完成。
それまでの新子安、獅子ヶ谷、戸塚に比べると格段に横浜のど真ん中に位置するその場所は、マリノスにとって大きなお引越しだった。
新開発となった新たな埋め立て地みなとみらい地区において、親会社である日産の本社が新たに建設されることを機に、日産本社に近い場所でマリノスタウンが建設された。

それまで、見学者にとっては厳しい環境が多かった練習場だったが、まず2000名を収容できる立派な観覧席が設けられたことが大きかったのではないだろうか。
さらにマリノスタウン内にローソン、さらにはカフェ(現在は閉鎖)、そして大型のグッズショップが併設された。

それまではファンサービスの場所もなく、今であれば問題になるであろう車を止めるというスタイルで成り立っていたファンサービスの時間も
しっかりとマリノス側が準備するスタイルとなり、場所も危険を伴わない場所が定められ選手たちがファンサービスをする日が設けられた。

マリノスタウンのクラブハウスはJクラブ1といっても過言ではない規模だ。
ヴィクトリーのVの字を象徴としたクラブハウスは、巨大な施設となっており、最新機器が揃う。
選手たちが使用する部分はもちろん、アカデミーの子供たちや選手たちが使うロッカーも用意されており、取材室や応接室、選手たちが食事するレストランなども入っている。
選手のリハビリ施設として流れるプールまでがあるというから驚きだ。

近隣にはアンマンパンミュージアムに劇団四季、横浜BLITZなどをはじめとした人の集まる施設があり、横浜の象徴であるランドマークタワーがすぐ目の前に見える。
少し歩けばランドマークタワーはもちろんやクイーンズスクエア、コスモワールド、赤レンガといった観光スポットに行くことができる。
そんな横浜の情報発信地にJクラブの練習場があるというのは、当時から衝撃を覚えた。

Jクラブと地域は密着するべきものであり、Jリーグ百年構想の中でもうたわれているが、
それでもまだまだJリーグのクラブと地域は密着する上で街の真ん中にJクラブを置くことは難しく、ほとんどのチームの練習場はその地域の街の真ん中に練習場を持つことはできていない。
しかし、マリノスは大都市横浜を持ってしてはじめてそれを成し遂げたのは大きい。

この街にはマリノスがあるから―。

それを形にしたひとつの形がマリノスタウンなのだ。

天然芝2面と人工芝2面を持ち、4000名ものアカデミー生を抱えるマリノスの下部組織やスクールでもこのマリノスタウンで行われるものに関しては競争率が高い。
トップ選手たちが使用し、横浜の中心にある立派な施設はサッカーをやりたい子供たちにとって夢の場所なのだ。
マリノスタウンに行くとたくさんの小さな子供たちがマリノスのスクールのユニフォームや練習着を着て元気に歩いている。
そのマリノスのユニフォームに袖を通す子供たちを誇らしげに見る保護者もまたマリノスがあることに大きさを感じているのであろうと伝わる。

横浜のたくさんの人々の想い、そしてJリーグの掲げる目標や夢を背負って、マリノスタウンは今まで存在してきた。


●マリノスタウンが移転するのは次への一歩

マリノスタウンが移転するにあたり、資金面での問題まかりが取り上げられるが、果たして本当に資金面が問題なのだろうか。

まず、この地の契約が定期借地契約だったこと。
定期借地契約とは、その定められた期間で借地契約が終了となり、その後は原則更新ができない契約のことである。
不動産業などに携わっている方はこの言葉を聞いたことがあると思うが、この契約となっていることでこの期間が終わると同時にマリノスタウンの土地は横浜市側に返還しなくてはならなかったのは契約時には決まっていたことということがわかる。
そのことを考慮してのマリノスタウンの建設だったのだ。
最初からその後のことを考えての一時的な投資だったのではないかと推測される。と、いうのも横浜の開発の中心地にマリノスタウンを存在させるこの期間で横浜により存在感を示し、横浜にはマリノスがある―。ということを根付かせる狙いがあったのではないだろうか。
維持費やこの土地の賃貸費が莫大だと言われているが、お金がないという理由は果たして本当にそうなのだろうか。

アカデミーのことだけで考えても、もちろんマリノスタウンだけではなく、その他の会場も使っているがアカデミー4000名の月の月謝が最安値で5000円だとしても、単純計算をして年間2億4千万。
3億円と言われているマリノスタウンの借地費用だが大部分をまかなえることになる。
もちろん他の会場の費用やその他人件費など費用もあることは想定した上での極論ではあるものの、その他にも収益はあるのが当然であり、月謝の他にアカデミーから得るお金もあるであろう。
その3億円が巨大すぎたということには繋がらないと個人的には思っているのだ。

そもそもJリーグのクラブがお金がないという理由でさまざまなことをあきらめてしまうことはあまり良い傾向ではない。
どのサッカー関係者に話を聞いてもお金がないという理由でプロクラブがチャレンジをしなくなってしまうと夢がなく、今後のJリーグの発展はないと口にする。
横浜Fマリノスが親会社日産との密接した関係から脱却しチーム経営でしっかりと足を地に付けたいという考え方にシフトはしているものの、日産という大きな後ろ盾や新たに参入したCFG(マンチェスターシティの親会社)が参入したことで資金力があることを、日本人はなぜかお金があるところを批判したがるが、それは悪いことでは全然ないのだ。
マリノスタウンがあるからお金がないということではなく、横浜Fマリノスにとってそのお金が捻出できないのが理由ではないであろう。

定期借地契約を結んだ、この時期をひとつの時期と考えて
横浜の中枢から横浜Fマリノスを浸透させる時期として、横浜Fマリノスは考えを持っていたのではと感じる。
一年先を見ることにやっとのクラブが多い中で、横浜Fマリノスはもっと先を見据え、横浜の中心地から横浜Fマリノスを発信することで、横浜市民や観光客などにその存在感を大きく示し、そのアクセスの良さと立地の良さから、たくさんの人に「横浜Fマリノス」を見てもらい、その名を刻むことを選択したのではないだろうか。
そのための年間3億円の投資は決して高くなかったのではないだろうか。

街の隅で人々の目にも触れないところで練習し、存在することが良いことかと改めて考えさせられた マリノスタウンの成功だったと感じるのだ。


Jリーグは第一に選手たちの獲得や維持にお金をかけ、強化という名の品揃えばかりを優先する傾向にあるが、
チームとして地域に密着するためには選手を揃えて勝つことも大切だが、こういった存在感の示しも必要で、この街にはこのクラブがあるということを浸透させる必要がある。
それがクラブが地域に何十年、何百年と根付いていくひとつの方法として発信した形。実現したマリノスタウンはJリーグに大きなセンセーショナルを与えたに違いない。


つい先日。
マリノスタウンを訪れた。
久々に訪れたその場所は変わらずリーグトップクラスの存在感を放っていた。

たくさんの人が足を運び、練習を見ている光景はこの地域では当たり前の光景となっているのであろう。

素晴らしい施設であり、なくなってしまうのは残念でならない。
しかし、定期借地で存在感を示したこの1時代が終わり、今後の横浜Fマリノスがどのように横浜市に発信をしていくのか。
次はホームスタジアムである日産スタジアム横にその本拠地を構え、日産スタジアムを含めさらにマリノス色に染まることとなる。


新横浜を横浜のサッカーの聖地としたい。

それが次の横浜Fマリノスが築く、ひとつの時代となる。

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