FC東京・野澤英之 2015年 3つの挑戦
2015/02/26 13:13配信
カテゴリ:コラム
FC東京での定位置への挑戦
高橋秀人の、浦和への移籍騒動は所属元のFC東京への残留ということで結論が付きました。
本人としては移籍する気は全く無かったとのことですがそれとは別に、この移籍にまつわる周りの声というものが気になりました。
総じて曰く
「高橋が移籍しても野澤がいる」
というものが一番多かったように思います。
野澤英之はFC東京の下部組織で育ちました。
そしてU-16から各年代別代表に選ばれている、言わばエリートです。
2011 U-17W杯メキシコ大会にも出場しました。
体調不良さえなければ、もっと主力としてチームに貢献できたことでしょう。
それが尾を引いて精彩を欠いたため、所属元のFC東京U-18はプリンスリーグ関東に降格してしまいます。
総じて、どの年代でもどのチームでも、チームの中心となれる素質を示し続けたということが言えるでしょう。
そんな彼はトップチームへの昇格を果たしての2年目2014シーズンに、ある転機が訪れます。
それは、フィッカデンティ監督の就任とそれに伴う戦術への適応に関する問題です。
リーグ第3節のアウェイ神戸戦に敗れると、
その次の水曜日ヤマザキナビスコカップ第1節鹿島戦では選手を大幅に入れ替えました。
中でも高橋に代わりアンカーに起用され、見事に勝利に貢献したのが野澤です。
そして続くリーグ第4節のホーム川崎戦で0‐4の大敗を喫すると
リーグ第5節では再びアンカーに野澤が起用されることになりました。
その試合でも得点の起点になったり、守備の安定に努めるなど好パフォーマンスを見せました。
そして続く第6節のホーム鳥栖戦でもスタメンに名を連ねます。
この時点で、W杯日本代表を目指し、実際に代表候補合宿にも呼ばれた高橋秀人を押しのけて、
レギュラーを掴んだと言って良いでしょう。
ダメ押しに、その次のヤマザキナビスコカップ第2節仙台戦で野澤が温存されたということからも分かります。
先の「高橋が移籍しても野澤がいる」というものの論拠は多分に、ここにあるでしょう。
しかし、これとともにもうひとつ横たわる事実があります。
それは、あくまで現状の野澤はアンカーポジションの控えだということです。
その鳥栖戦、前半35分過ぎの負傷により途中交代をして以降ケガが治っても、全体合流しても、野澤に出番はありませんでした。
FC東京の中断以降の快進撃も、14戦無敗も全ての試合でアンカーポジションにはグレードアップした高橋秀人が鎮座しました。
つまり、再び定位置を確保した高橋が、その実力でポジションを死守し続けた、野澤に明け渡さなかったというのが去年までのことです。
日本を代表する選手である高橋秀人との、再びのポジション争いは全く容易なことではありません。
さらに、ケガからの復活を目指す梶山陽平との戦いもあります。
FC東京の10番への挑戦
「梶山陽平選手に続く選手を育てよう」
これは、梶山が北京五輪を目指す年代別代表に選ばれていた前後における
FC東京の下部組織への支援を募る際に実際に掲げられたスローガンです。
この時FC東京U-15深川に所属し、将来を嘱望されていた野澤ですが
一番の憧れといえばやはり「梶くん」でした。
北京五輪代表もさることながら、その年に下部組織出身者としては初の
トップチームの10番を背負うという一定の快挙がさらに眩しさを加えました。
その梶山も今年30歳を迎えます。
度重なるケガを乗り越え、勝負の年と位置付けています。
その勝負の相手はポジションとしては高橋もそうですがやはり選手としてのタイプ、
さらには下部組織出身という点でも野澤との勝負という意味合いが濃いのではないでしょうか。
その勝負に敗れたら・・・という覚悟を持って臨むスターを向こうに野澤は挑戦しなければなりません。
その先に、下部組織出身のスターに取って代わることと
下部組織を支えてきたサポーターの誰もが望む、10番継承が待っていることでしょう。
そしてその梶山も通った道、五輪代表への挑戦も始まっています。
リオ五輪代表への挑戦
FC東京の下部組織時代から、各年代別代表に選ばれてきた野澤です。
前述のように、2011年にはU-17W杯にも選出されました。
しかし、最近ではどうでしょうか。
2016年のリオデジャネイロ五輪を目指す日本代表への招集においては満足な結果を得られていません。
先のアジア大会でもベンチを温める日々が続きましたし
代表候補合宿にはとうとう呼ばれなくなるまでになりました。
さらに、野澤と同タイプで主力級の大島(川崎)や原川(京都)はともかく
2学年下にあたる井手口(G大阪)が招集されたにも関わらずです。
オフィシャルに出ない程度の軽いケガをしていたという事情もありますが
もうケガに泣かされる姿を望む者は誰ひとりとしていないでしょう。
また、これまでの招集実績からいって、各クラブから最高でも2名程度の招集となるでしょう。
中島に加え、札幌から加入した奈良の存在もあり
その招集枠を巡るチーム内での、五輪代表争いを制する必要があります。
FC東京での定位置、五輪代表の座・・・
失ったものを嘆いても仕方がありません。
しかし、失ったものというのは、かつて手にしていたものです。
かつて持っていたものであれば、再び手に入れられるはずです。
それを根拠に期待をかける人達がいます。
それを力に変えて、この3つの挑戦に挑んでほしいと思います。