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【FC岐阜】 ALS発症を公表した恩田社長 FC岐阜の未来へ向かう共進共闘 【J2】

2015/02/01 14:11配信

飯守 友子 (CHANT編集部)

カテゴリ:コラム

 

昨年、サッカー界でも流行し、さまざまな支援の形として拡がったアイスバケットチャレンジ。
世界のセレブたちを中心に拡がり、日本にも入ってきたことでサッカー界にも駆け巡った。

アイスバケットチャレンジは氷水を頭から被るというパフォーマンスだったが、その行動は難病である筋委縮性側索硬化症(ALS)への認知度や理解を高め、支援するという本質があった。

サッカー界でチャレンジが広まったことで、ALSという病気を知った人も多いことだろう。

先日。
J2 FC岐阜の代表取締役である恩田聖敬社長が記者会見を開き、ALSを発症したことを明かにした。
恩田社長は昨年FC岐阜の社長に就任したばかりだが、社長就任前から自覚症状があり、昨年の夏、ALSとの診断を受けたという。

ALSは全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病であり、現在は歩くことはできるが走ることはできなくなってしまったという。
それでもFC岐阜のために歩むことを選び、「天職」だと宣言した。
可能である限り社長としてFC岐阜と共に歩むことを明言した恩田社長。

2015年の戦いも、社長自ら舵を取り進むこととなる。

●存続危機からの脱出。生まれ変わったFC岐阜

FC岐阜は比較的新しいチームといって良いだろう。
チーム母体の発足も2000年を過ぎてからのチームであり、Jリーグを目指すというチーム作りをしてたった3年でJ2に昇格したスピード昇格を果たしたチームだ。
現在のシステムよりも当時のシステムはさまざまな点で違った部分はあったものの、FC岐阜はスピード昇格のために当時の地域チームでは考えられないほどの補強を行っていた。

Jリーグを狙うというチームとしてスタートした年。Jリーグバブルと呼ばれたJリーグ初期を盛り上げた選手の一人であり元祖スーパーサブという言葉を創ったといっても良い存在だったFW森山泰行を獲得。
Jリーガーだった選手が地域リーグのチームへ移籍したことで、大きな衝撃が走った。
さらに当時はリーグと地域決勝では選手登録が別だったため、地域決勝前にJリーグで出場機会のない選手や元Jリーガーなど選手の一時的な補強が可能であり、地域決勝前に派手な補強をするチームが多かったのも事実だ。
FC岐阜はその中でも衝撃を与える戦力を準備し、地域決勝を勝ち進み地域決勝を一年で突破。そしてJFLでも名のある戦力を揃えJFLに昇格したその年、4位以内の確定を異例の速さで勝ち取った。
そしてJ2昇格を果たしたのだ。

しかし、それには大きなリスクを伴っていた。
それは経営の圧迫だった。

Jリーグに昇格したもののJリーグから経営状況の改善が付帯された。
経営の部分で問題を抱えながらFC岐阜はクラブ経営を続け行っていたのだ。

J2に昇格した年にはすでに3億円以上の累計赤字、約1億5千万円の債務超過となっていた。
その結果、Jリーグ公式試合安定開催基金から5000万円の融資を受けることとなった。

身の丈経営にはほど遠い、スピードにこだわった結果の莫大なマイナスを計上することとなってしまったチームは、経営状態の悪化が明るみに出てしまい多くの信用を失うこととなった。
選手たちの給与までも支払うことができないかもしれないという状況にもなったが、サポーターの支援や地元企業からの支援でなんとか給与の焦げ付きは免れたものの、経営危機から15名の選手たちが自分の意思やチームの経営による影響でチームを離れなくてはならず退団。

その後、なんとかJリーグ公式試合安定開催基金からの融資を返済したものの、債務超過や累積赤字が解消されたわけではなく、難しい経営状況が続き存続危機が挙げられていた。
Jリーグクラブライセンス制度の導入が決定しており、クラブライセンスの発行は難しい状況にあった。

しかし、そこで救いの神様といえる人物が現れる。
それがJトラスト社長である藤澤信義氏だった。

故郷である岐阜に存在するプロサッカークラブに個人的に支援をすることを決断。
法人としてではなく、個人として1億5千万円の融資ではなく「寄付」という形で協力し、JトラストグループであるKCカードがユニフォームの背中スポンサーとして契約することとなり、FC岐阜は大きな転機を迎えた。
個人的な寄付、そして背中スポンサーという大きなスポンサー契約はFC岐阜を助ける大きな大きな支援となった。

さらに追加支援の条件として、その時の債務超過の解消を条件にあげた藤澤氏。
債務超過が存在することでJリーグクラブライセンスは発行されないこととなるが、クラブライセンスを取得することができこれからもJリーグでFC岐阜が存在するのであれば追加支援をすると条件を出していたのだ。
その結果、FC岐阜は債務超過の解消に目処を付け報告し、クラブライセンスが発行される見通しとなり、藤澤氏はさらなる強化費用の支援を行うと発表した。

そして大きな補強が行われた。
日本代表として長くゴールマウスを守ってきた川口能活を獲得。
日本サッカーを見たことがある人間ならば誰もが知っているだろうビッグネームの獲得と同じく、日本代表で活躍しJリーグMVPにも輝いたことのある三都主アレサンドロを獲得。
FC岐阜のチームの看板ともなる選手が加入したことはFC岐阜の関心を全国から集めることとなった。

藤澤氏が代表取締役を務めるJトラストから恩田社長がチームのトップに就いたのはこの2014年のこと。
2014年4月下旬に差し掛かった頃。もう2014シーズンがはじまっていた春のことだった。

恩田社長は岐阜県出身であり、高校生活までを地元で過ごした。
スポーツビジネスの経験もなく、サッカーの経験もない。
しかし、サッカーのクラブ経営において全体的なクラブにいえる課題は、経営能力の発想だ。
サッカーをいくら知っていても、スポーツビジネスをいくら知っていてもサッカークラブだけを知っている人間がクラブ経営をすると発想がどこか偏りがちになり、今までにみたことのある手法での経営に頼ってしまう節がどこかある。
見様見真似ももちろん必要な時もあるが、Jリーグは20周年を迎えそれまで重ねた歴史をみても今「個性」を打ち出す時代に直面している。

スポーツビジネスも知らない。サッカーも知らない。
しかし、社会や経営に関しての大きな経験があることはサッカー界にとってとても大きなものであり、知っているという土台がないからこそ、1から踏み入れることでたくさんの発見が生まれる。

FC岐阜はスピーディーに結果を出す結果として巨額の人件費がかかり、できたばかりのチームをJクラブにするのには大変なお金がかかってしまった。
その結果、簡単に解消できないマイナスを生み、せっかくスピーディーに挙げてきたチームであっても存続危機となってしまうほどの崖っぷちを生んだ。
そういった経営状況の間違いを踏んだからこそ、これからはFC岐阜らしさを打ち出し、コスト削減できるところはしっかりと削減し、改善できる部分は改善し、安定した収益をしつつ強化できるチーム作りを恩田社長は目指すと掲げた。

●恩田社長が大切にしていきたいFC岐阜らしさ

FC岐阜は債務超過が発覚してから今まで継続して大切に行ってきたことがある。
それはホームタウン活動だ。

FC岐阜は岐阜県はじめてのプロサッカークラブだが、お隣には名古屋グランパスというJリーグ開幕から注目されてきた巨大クラブが存在する。
名古屋グランパスにはピクシーことストイコビッチなど数多くのスターが在籍し、リーグ優勝や天皇杯優勝、日本代表選手も多く輩出するなどJリーグの中でも目立った存在であり、すぐ隣にあるクラブだけにその大きさを感じる。
県民も名古屋グランパスは知っていてもFC岐阜は知らないという人も多いのが実情だ。
だからこそ、岐阜にはFC岐阜というチームがあることを少しでも知ってもらうことで、スタジアムに足を運んでもらうことや興味を持ってもらうことのきっかけとしてホームタウン活動を活発化した。

ホームタウン活動は各クラブJリーグ百年構想の地域密着のひとつとして義務化されているものではあるが、ホームタウン活動によってチームのカラーがある。
FC岐阜は積極的にホームタウン活動を行い、選手が参加するホームタウン活動の回数がJリーグ年間1位を記録したこともある。
現在は岐阜県全42市町村でホームタウン活動を実施し、なんと昨年のホームタウン活動の回数は467回を数える。
一年が365日であることを考えるとその数がどれだけ多いかがわかるであろう。
その内選手が参加したのは44回であるが、それでも毎日練習そして週末には試合と考えると選手が活動した日数も多い。

子供たち向けのサッカー教室からお年寄りと触れ合う健康づくりのために行われる体操教室、岐阜県内で行われるお祭りやイベントなどで老若男女多くの方々と触れ合える機会などたくさんの場面で笑顔を共有した。

岐阜県内でたくさんのホームタウン活動を通じてFC岐阜を知ってもらうこと、そして時間を共有することでより身近に感じてもらうこと、
FC岐阜を伝えること。

大きな転機を迎え新しいスタートを切ったFC岐阜だが、その部分は大切にしたいFC岐阜らしさとしてより内容のある、より充実した時間へと恩田社長は大切にした。

恩田社長はホームゲームで試合前後にはスタッフと共にスタジアムに立ち、たくさんのサポーターたちを出迎え、そして見送る。
コミュニケーションを大切にし、人々と笑顔を共有する。

勝った歓びも負けた悔しさも共有し、共に戦う。
それが「伝える」の最大級の形だと サービス業界での経験とサッカー界への第一歩が導いてくれた形だった。

 

サポーターの方たちが喜ぶ姿に接することができるこの仕事は、私の天職。

そう言い切った恩田社長。

その言葉はFC岐阜のサポーターだけでなく、サッカー界に大きく響いた。


ALSという難病を発症しながらもFC岐阜のために歩むことを決めた。
天職という言葉を使えるほどの職に出会えたこと、その立場にやりがいと全うしたいと願える特別さを持てること。
それは恩田社長の想いが詰まっている言葉。

恩田社長が闘病しながら向かう、FC岐阜の未来のために
応援という形でなにかできることはないかと考えた時。
FC岐阜を知るためにその地に足を運ぶということ、そして自分ににできる文章という形で応援させていただきたいと思い執筆しました。


個人的なことではありますが、年明けから私も病気を治すために入院し手術を受けました。
自分自身の病気と闘つながら、たくさんの病気と闘う人たちと時間を共にし
生と死というものに直面しながら、いろいろなことを考え、いろいろなことに気づかされました。


恩田社長の決断、そして公表し宣言するその強い意志は
闘うことを示すものだったと思います。

 

恩田社長が就任した昨年、FC岐阜のスローガンだった言葉。
その言葉を胸に

FC岐阜のサポーター、スタッフ・選手
そして多くのJリーグが大好きな サッカーサポーターたち
日本サッカーを育てる人たち、進める人たち、そして伝える人たち。

今年も想いを形に、戦いましょう。


「共進共闘」―。

 

(2015.2.1 PM8:15修正)

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はじめまして。FC岐阜サポーターです。
熱く心に響く文章、本当にありがとうございます。
恩田社長ご本人やご家族がこれから迎える困難に対して、できる限りの支援をしたいとサポーターとして考えています。
一時的でなく、長期にわたる活動になってきます。
長期の活動を支えるにはFC岐阜の枠を超えてサッカー界全体のご協力が必要になると思いますが、
それにあたって恩田社長がもたらしたものや人柄を交えた内容は多くの人に強く訴える力があると感じました。
多くの人に届くよう、微力ながら各SNS等で紹介・拡散させていただきます。
本当に素晴らしい文をありがとうございました。

藤原  Good!!3 イエローカード0 2015/02/02|10:18 返信

素晴らしい文章です。
ただ、事実と違う箇所があります。
KCカード様は胸スポンサーになられた事は無く、なられているのは背中スポンサーです。
もう一つ、藤澤様は無制限の強化費については以前、否定なされてます。
この二ヶ所、事実とは異なります。

whoisme  Good!!3 イエローカード0 2015/02/01|15:13 返信

ご指摘ありがとうございます。
確認し、修正いたしました。
今後気をつけたいと思います。
読んでいただきありがとうございます!

飯守 友子 (CHANT編集部)   Good!!0 イエローカード0 2015/02/01|20:17

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