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椋原健太に幸多かれ!

2015/01/19 18:04配信

武蔵

カテゴリ:コラム

椋原健太の2015シーズンからのC大阪加入が発表されました。

「中学1年生からお世話になってきた」と話すFC東京を離れることになりますが

2013年シーズンはC大阪(当時J1)へレンタル移籍していたということもあり、実は復帰と言えなくもないのです。

C大阪以外にも獲得のオファーはあったようですが、その中でもC大阪に決めた理由は

2010~11シーズンに薫陶を受けた大熊清強化部長の存在以外ではそういった環境面の差が大きいのかもしれません。

とはいえ、サッカー人生の大半を過ごしてきたのはFC東京です。そして、そのクラブともいったんお別れです。

C大阪での活躍を祈るとともに、サッカー人生からサッカーの部分を除いた人生の面においても、彼の幸せを願わずにはいられません。

その理由は、ひとえに彼の人柄にあります。

「Jリーガーとは何か」を考えさせられる存在

その人柄というのは、大きく分けて2つあります。
その1つめは、

オフザピッチでの活動です。

FC東京では入団以来、3本の指に入るほどの人気を誇ってきました。さわやかな笑顔を携える甘いルックス、

人懐っこいしゃべり方を見ればそれほど驚かないことではあるのですが練習後のファンサービスでの、

俗にいう「神対応」は小平の名物と言っても過言ではなかったでしょう。

1人1人、椋原自身を目当てに足を運んだファン、サポーターと会話し丁寧に対応するため、

ファンサービスの待機列において何人もの選手が椋原を追い越していくというのは、小平における日常の風景でした。

ルックスにおいて獲得した(?)女性ファンを離さないのは、その「神対応」によるものと言え、

また、その「神対応」により、女性だけでなく子供の憧れの的となり、子供のファンも多かったです。

椋原はFC東京のオフザピッチを支えていたと言えます。

2つ目はもちろんピッチ内での行動、

選手としての行いです。

ユース時代はCBだった椋原ですが、トップチームにはSBとして昇格しました。

昇格1年目から、現ブラジル代表・フッキへのスッポンマークなどで勇名を馳せることになりますが、

基本的には適応へ苦労することになります。しかし、弛まぬ努力で出場機会を増やすことに成功します。

その努力の証として、SBへの適応への目安となる持久走の数字は当時所属していた長友佑都に勝るとも劣らないものを出すことになります。

そしてその素晴らしい努力、練習に取り組む姿勢は2013年にレンタル移籍したC大阪でも発揮され、驚嘆されたと言われています。

椋原を見ていて、Jリーガーに必要なものは、数字として表れる結果だけではないと思い知らされました。

Jリーグは多いとも少ないとも、20年の歴史を持ちます。20年という数字を如何にとるかは人それぞれですが

確実に言えることは、まだまだ発展途上であるということです。これからその発展を支える人口を増やしていくことが不可欠です。

そんな、日本のサッカー文化に関わる部分で貢献してきたと言えるのが椋原健太というサッカー人です。

「徳永悠平に勝っているところは?」

それでも結果が出るのはプロフェッショナルの常です。選手としての、椋原健太のサッカー人生の、サッカーの部分はどうだったのでしょうか。

以前、表題の質問を投げかけられたことがありました。同じポジションのライバルであり、

不動のレギュラーであった徳永悠平と比べどういう位置関係にあるかを自己採点的に表現してみろ、という意図があったでしょうか。

それに対した椋原の答えは

「若さと可愛さです(笑)」

とのことでした。

これは、椋原の選手としての課題を端的に突いていると感じました。

つまり、選手としての椋原は、長所も短所も徳永に似通ってしまっていたのです。

そして、少なくともその長所は、徳永が上回っていました。

それが選手としての椋原の、最大の悲運でした。

また、徳永と「同タイプ」の椋原は起用されず2014シーズンから新加入した松田陸は少なからず出場機会を得ました。

それは、守備において安定感を発揮する徳永と攻撃的な松田陸の使い分けであったと言えます。

2014年シーズンの数字で表すと、こうなります

徳永 リーグ戦出場34(うち先発出場34)

椋原 リーグ戦出場  0

松田 リーグ戦出場 7(うち途中出場 7)

松田の出場7試合のうち、徳永との交代が半分以上の4を占め出場7試合すべてが得点の必要な同点時、ビハインド時の起用でした。

つまり大まかに言って、椋原は守備では徳永に勝てず攻撃面、攻撃の交代カードとしての役割では松田陸に劣った。

その結果が、プロ入り後では初のリーグ戦出場ゼロという結果を招いたと言えます。

2011~12シーズンでこなした左SBにも、今や現役日本代表の太田宏介がおり徳永よりも高い壁となっていたという事実があります。

元々、右足でのクロスにおいても「中を見ずに上げる」ことが多く、そのせいか飛び込むFWと合い辛いという欠点がありましたが、

左足でのクロスは、そもそも弾道が上がらないという欠点がありました。

また、2012シーズンのナビスコカップ準決勝・清水戦の1stレグにおいて前半途中での戦術的な交代を強いられて以来、

封印されてきたとう過去もあります。

それらの課題以上に、心配なのは試合勘です。

9月の天皇杯4回戦では太田の不在により左SBでの先発出場を果たしましたがボールが足に着かず、試合の流れに入れずと

まさに試合勘の無さを露呈してしまいました。

これは、チームの運営、出る結果においては使う側の責任ではありますがともあれ、その因果は選手に帰すものです。

つまり、このまま控えとして過ごす時間は、少なくとも選手としては無いということです。

あと必要なのは選手としての充実だけ

今回のレンタル移籍がどのような結果をもたらすかは分かりません。

大熊清強化部長の求めに応じる形は良いとして前回のレンタル移籍時に高い壁となった酒本憲幸も未だに健在です。

今現在、必要だろう出場機会を得られるかどうかは分かりません。

ですがそれとは関係なく、彼の新たな挑戦に注目し、応援を続けたいと思います。彼ほどのJリーガーはそうはいません。

少なくともFC東京にとってはそうでした。クラブにとって、内外において貢献してきた非常に貴重な存在です。

また、ファンやサポーターとしても、これまで苦楽を共にしてきた大切な存在です。そんな椋原健太の、幸せを願ってやみません。

どうせならば、サッカー人生における幸せを。

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