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【ヘルタ・ベルリン】 永遠のサッカー少年 原口元気、世界へ 【浦和レッズ】

2014/08/25 13:20配信

CHANT編集部

カテゴリ:コラム

 

原口元気がドイツデビューを飾った。
躍動した原口が日本に届けたのは2つの得点に絡んだという「証」
もちろん得点にこだわりもっともっとと貪欲に突き進むための第一歩。

原口元気。
世界への挑戦が今、はじまった―。


●注目され続けた天才という称号を受けた少年

原口がはじめて世で注目を受けたのは9歳の頃。
インターネット上でこの少年は天才だと評されたドリブルで、何人もの選手を抜く姿は衝撃を与えた。
そこから彼はサッカーエリートの階段を昇ることとなる。

飛び級で上の世代別代表に選出されることも多く、評価は常に同世代の中ではピカイチだった。
だが、実はそれが原口にとっては痛みを伴うものとなってしまった。
同世代では頭ひとつ出るとび抜けた能力も、上のカテゴリーに選ばれてしまうと試合に出られないということが続いた。
世代別代表では常に上のカテゴリーに選ばれながらも出場機会が少なく、実はそれほど世代別では結果を残せていないのだ。

それでもサッカー界は彼を「怪物」と位置づけた。

それだけの期待をかけられていたのだ。

サッカーをやってる人間には血の気の多い選手が存在する。
原口もそういうタイプの選手だ。

熱くなりやすい選手はマイナスの場面で目立ってしまうことも多い。
例えば、大久保嘉人は完全にそういうタイプの選手だった。
なにかと熱くなりすぎてすぐにカードをもらってしまう。
退場が目立ち、チームに迷惑をかけたと連日報道され、代表ではキャバクラ事件と呼ばれる事件まで勃発。大きな波紋を生んだ。

キレやすい。素行が悪い。

そういう道を辿ってしまう選手は、報道されない裏側にもたくさんいるのが現実だ。
注目される選手が故に、そういった部分はさらに目立ってしまいマイナスイメージが膨らんでしまう。

原口が大きな事件を起こしてしまったのは記憶に新しいであろう。
原口を語る上では目を瞑ることはできない事件だ。
本来ボールを蹴るはずの脚で、同僚を蹴ってケガを負わせてしまったという事件は、日本サッカー界を駆け巡った。
彼はあのとき、きっとそこまで大きな出来事になるとは思ってはいなかったのではないだろうか。
しかし原口は知ることとなる。
世間が、世論が、そしてサッカーを奪われた現実が 追い詰めた原口を襲ったからだ。

●浦和レッズという最高の憧れ

タレント揃いの浦和レッズの中でも、独自のオーラを若くしてしっかりと出せていたのは浦和レッズを背負う覚悟があるからだ。
若き若武者は今、天才ではなく努力を自分で納得がいくまで積み重ねてきた。
怒号とも呼べる要求が交差する浦和レッズのトレーニングの中で、戦術的な練習になると原口は何度も周囲に確認作業を行っていた。

ちょっと確認してもいいすか!?

その言葉が何度聞こえてきただろう。
給水になると周囲の選手を引き止めて、身体と言葉で確認を繰り返す。
要求も忘れない。自分はこうしたいけど、どうやるとやりやすい!?と動きを交えながらベストな選択をする。
水を片手に給水しながら、一人で動き首をかしげ、納得がいかないとまた周囲のポジションの選手たちを呼び、相談する。
納得すると大きく頷き、次のトレーニングに備えるのだ。

よし。俺の物になった。

そう聞こえるかのような、頷き。

原口がひとつまたサッカープレーヤーとしての引き出しを増やした頷きだ。


トレーニングが終わるととにかくクタクタになる原口。
練習に全力で挑んでいることがわかるように疲れきっている。
ピッチにいる時のギラつきは、ピッチを出ると全くない。
ヘナヘナ。
そんな表現が当てはまるほど彼に力は残ってないのだ。

原口の浦和愛は相当なものだというのは誰でも知っていることだろう。
ジュニアユースから所属の生粋の浦和産だ。
サポーターからの期待度も高く、将来の浦和を背負って戦っている選手だった。

それをわかっていても、実際に本人から感じると相当なものだった。
原口元気に問いかけたのは、あえてとてつもなく大きな質問だった。

原口元気にとって、浦和とは?

表現しきれないであろうこの問いかけに彼はキャンプを終え、疲れいっぱいのヘナヘナの表情で嬉しそうに答えた。
命、ですね。と。


へなへなでも軽くない。
とてつもなく重い言葉だった。
全身全霊でこの言葉を出したのだ。

浦和レッズの歴史を見ると、弱くて毎年のように最下位という頃もあった。
しかし。
原口がサッカーうまくなりたい!と、一生懸命ボールを追いかけている時、浦和レッズという存在はJリーグの中でも孤高な存在であり、とても強く、とてもかっこよかったと目を輝かせた。

あそこに入りたい。
浦和レッズの一員になりたい。

その憧れを一点にして見つめるほどに。

今、自分はその浦和レッズの一員です。
浦和レッズは自分が観ていた頃の浦和レッズのようにかっこよく在りたい。
自分がレッズをかっこよく魅せたい。
誰がみても、浦和すごいな、かっこいいなって感じてくれるようなチームになれたら最高です。
だから、自分はもっとうまくならなきゃいけないし、、もっと大きくならなければならない。
毎日、感じるんですよ。
俺、今日もうまくなったな。
昨日までの俺って下手だったな、足りなかったな、って。
それってすごく幸せなこと。
でも満足はできないんです。
もっともっと、って思ってますから。


疲れきって屈託のない笑顔で話すその顔は、私の知ってる原口の顔ではない。
屈託のない笑顔で、ヘナヘナだ。
でも知っている。サッカーをしてる原口を。
あの原口がピッチに立っているのは、こういう気持ちがあるからこその熱さなのだ、と。
サッカーを当たり前のように毎日やってきた人間が、突然できなくなるという地獄。
自分が撒いた種であってもその現実は計り知れないほど厳しかったであろう。
空気のように当然にあった大切なものを失う気持ちというのは、失ってからでなくてはわからない。
失ってみてはじめて気づくなんて遅いという人もいるだろう。
もちろんやってしまったことは褒められたことではない。完全にアウトだ。

一度、失ったこと。
それが原口の今に繋がっている。
マイナスをプラスに変えるのは簡単なことではない。
プラスにするまでの力を出すのは相当な力だったはずだ。
その力が出たのは。

やはり必要だったからだ。
原口にとってサッカーが。
原口にとって浦和レッズが―。


たくさんの人に支えられてること、たくさんの人に応援されてること、と言葉を口にする選手たちが多いが、それを真の部分で感じられてる選手はどれだけいるだろうか。
原口は知っている。
自分はなぜ今サッカーが出来ているのかを。
浦和の一員でいられるのか、を。

 

 

浦和のすべてを俺が背負いたい!という意気込みすら感じた昨年6月。
原口元気。
浦和レッズを優勝に導くだけでなく、アジアの頂点、そして世界を目指していく浦和を創り上げていくには絶対的に必要なのだと感じたあの日。


そう感じ取れたのだから、きっともっと原口元気の中身は、浦和レッズでいっぱいだったはずだ。
その浦和レッズから旅立つ決心をした原口には大きな大きな決断があったことだろう。


浦和レッズ以外のユニフォームを着ることとなったが、浦和が誇る浦和産であることは変わりない。
浦和が世界一のクラブだと胸に、羽ばたいたに違いない。


原口元気、世界への挑戦。
それは浦和レッズという巨大な誇りを背負っての挑戦となる。

 

 

屈託のない笑顔で

 

俺、サッカーうまくなったよ と報告する日を浦和で待とう―。


 

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キャバクラ事件がまるで大久保が主導で起こしたみたいな書き方ですね。

名無しさん  Good!!0 イエローカード0 2014/08/25|23:53 返信

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