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【横浜FM】 ~第1回 松田直樹~ あの日。あの時。 【松本山雅】

2014/08/05 12:44配信

CHANT編集部

カテゴリ:コラム

あの日、あの時。

 

8月4日。
その日は松田直樹の日として特別な日だと意識している人も多いだろう。
私もその一人だ。

8月4日は毎年、私の住む土地から一番松田直樹を感じられる場所として、北海道夕張市に行くことに決めている。
横浜マリノス時代、毎年のように夕張でキャンプをしていたことがあり、若き日の松田直樹の記憶が強くあるからだ。

マリノスは夕張、そして北海道赤井川というところにあるキロロリゾートでキャンプを行ったことがある。

夕張でキャンプを行っていた頃はまだ入団数年の若き日。
横浜にも何度も足を運んだが、それでも夕張での記憶はとても強い。

夕張といえば、全国的に有名なのが夕張メロンという高級メロン。
全国でもメロンといえば夕張というほどに有名な赤肉メロンだ。
メロンが盛んになる前はスイカが夕張市を支えていたというほどに、スイカ栽培も有名で夕張メロンと夕張スイカがマリノスのキャンプ中毎日選手たちの身近にあった。

当時はまだ北海道にプロクラブ・コンサドーレ札幌が来たばかり。横浜にあった東芝サッカー部が札幌に移転してきたばかりでコンサドーレ札幌になった頃で、まだまだサッカーが根付いていない感じがあった北海道。
マリノスのキャンプも土日になると人が多く訪れたものの、平日は夕張という土地ということもあり地元の人を入れても両手で数えられるほどの人数しかいなかった。

その頃、日本代表のディフェンダーとしてチームの顔だった井原正巳が在籍し、さらには川口能活や松田直樹のような五輪代表の選手が在籍していた。

練習場には毎日大きなタッパに入れられたメロンやスイカが届けられ、練習後の選手たちが小躍りをしながら口にしていた。

松田直樹は当時から続く親友・安永聡太郎と
オレ黄色のスイカー♪お前は赤でいいよー!黄色食うなよー!

タネ飛ばししよーぜ!ぎゃはははははは!

と、はしゃぎ、じゃれ合っていた。
そんな姿をこの地に行くことでリアルに思い出すことができる。

だから、この地に8月4日になると足を運ぶことにしているのだ。


今年は急きょ4日の天気予報が雷雨となっていたので8月3日になったものの、松田直樹に触れるために夕張へと車を走らせた。


今年で足を運ぶのも3回目。
現在サングリンサッカーフィールドという名前となっている旧夕張平和運動公園にはサッカー場が3面ある。
そのひとつでマリノスはキャンプをしていたのだが、練習場からホテルまでは歩ける距離ではないものの数名の選手たちがたまに走って帰ることがあった。
それは、このサッカーグラウンドの近くにある「ぱんじゅう」のお店が目当てだったからだ。

ぱんじゅうとは今川焼きのようなもので、今川焼きのように平らで丸いのではなく丸く突起しているような形をしている。
生地も中身の餡も今川焼きなのだが、北海道小樽と夕張に存在する食べ物であり1個当時で60円で購入することができた。

お店でぱんじゅうを焼くのは、おばあちゃん。
そのお店に選手たちが立ち寄り、ぱんじゅうを買っていく姿を何度が見かけた。

松田直樹もぱんじゅう屋に寄った一人だ。

おばあちゃーん!ぱんじゅうちょーだい!

当時は身体作りのために甘いものを我慢し始めた時期で、先輩たちやフィジカルコーチから身体作りとはということを聞き実践しようとしていた時期だった。

しかしまだ若いこともあり、我慢できないんだよね!とぱんじゅう屋のおばあちゃんに話していたという。


夕張を訪れるとそのぱんじゅう屋にも必ず行くようにしている。
当時ぱんじゅうを焼いていた おばあちゃんはもう亡くなってしまった。
当時から手伝っていたおばあちゃんの娘さんが今はお店を開けている。

お店に並ぶサインの中に、昔の松田直樹のサインも並ぶ。
亡くなる直前まで書いていたサインのマツというサインではなく当時はフルネームを崩した形のサインだった。
当時を知る人だけが知る松田直樹のサインの形。
とても懐かしさを感じるものだ。

練習場にスイカやメロンを届けていた果物屋さんにも毎度立ち寄る。

明日黄色いスイカを1つだけ入れてきて!みんなで争奪戦するから!面白いでしょ!?と言ったり
メロン今日のやつが一番甘くて柔らかかったなー!農家さんにおいしかったって伝えて!と言ったりと
毎日持ってきてくれる果物屋さんに声をかけたという。

きっと彼なりの私たちへのありがとうのコミュニケーションだったんだろうねと果物屋さんは嬉しそうに笑う。

その果物屋さんで毎年熟した夕張メロンをいただく。
果物屋さんは「これ、松田選手の分ね♪」と1人分多くメロンをテーブルに置いてくれるのだ。


松田直樹があの日、あの時
サッカーをしていたサッカーグラウンドでは、ある札幌の強豪校が練習試合をしていた。

高校生である彼らもきっと、松田直樹のことを知っている。
このグラウンドでキャンプをしていたことは知らないかもしれないが、サッカー選手松田直樹という存在と、そしてその最期のことは知っているだろう。

高校生たちがサッカーをしているのをただ無心に見ていた。
ここでサッカーが行われていることは時間が経っても変わらないんだと思いながら、この地を踏んでこのコたちがひとつでも上に上がって行ってくれたらな、なんてことを想いながら観ていた。

芝に座って、空を見て会話をする。
それももう3回目を迎えた。

 

夕張は多くの人がいる場所ではない。
破たんした町として有名だが、本当に人もあまり歩いていない地で訪れる人も少ないだろう。
でも人々はあたたかく、もう十数年前のマリノスや松田直樹の思い出を記憶の中から引っ張り出しては伝えてくれる。
そして命日に来る私を覚えていてくれる。

また今年もこの日が来たんだね…と私の姿を見て口にする。

今年は1日早かったものの、今年も夕張で松田直樹に触れた。
3回目の夕張も空は高くて蒼く、澄んでいた。

 


暑い中で食べる今年のメロンも、甘くて美味しかった―。

 


 

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