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【ブラジル代表】 ネイマール サッカーの神様を魅了した世界一誇り高き「10」 【W杯】

2014/07/10 10:34配信

CHANT編集部

カテゴリ:コラム

 

ブラジルW杯の主役はネイマールであるはずだった。
ブラジル最高の10番になれる素質があるといわれ、今大会に望んだ自身はじめてのW杯は
まさかの負傷交代という終わりとなった。

ネイマール・ダ・シウバ・サントス・ジュニオール
まだ22歳の世界的プレーヤーは全世界の人たちに惜しまれながら2014W杯を終えた―。

●ストリートサッカーからブラジルで育った国産サッカー選手

ネイマールはサンパウロ州にあるモジ・ダス・クルーゼスで生まれた。
この街は日系人が多く、世界中のたくさんの人が生活をする場所で、ネイマールはブラジル人だけでなくたくさんの国の人と触れ合いながら幼少期を過ごした。

ブラジルの子供というのは自然にサッカーボールを蹴るようになり、ストリートサッカーをいつの間にか楽しむようになる。
ネイマールもそういったブラジルの子供だった。
ストリートサッカーに夢中になり、フットサルをして技術を磨いた。

ネイマールの父親は元サッカー選手であり、生まれた頃から自然にサッカーに触れ、そしてサッカーで自分を高める方法を親から教わっていた。
その時には父親も驚くほどの才能をみせ、ネイマール一家はネイマールの能力を高める場所へと次々と転居。
契約は直前でなくなったものの、12歳でレアル・マドリードから獲得オファーが届くなど注目を集めた。

13歳の時にはブラジル代表で活躍していたロビーニョは開催するチャリティマッチに参加し、その試合で13歳とは思えぬプレーでブラジル国民を沸かしテレビ中継されたその映像は瞬く間に全世界へと広がった。
ブラジルでは将来のブラジル代表として注目され、速くから熱狂的ファンがネイマールを囲んだ。

2008年。16歳の時にサントスFCとプロ契約を結んだネイマールはすぐに一軍選手とはいかずしっかりとした育成プログラムを受けた。
その後ネイマールはサントスFCの英雄と呼ばれるほどまでに成長し、サッカーの神様ペレにも彼は私を超え得る逸材だと評価したことは有名だ。

2011年、19歳でサントスFCを優勝に導き世界的に本格的に注目を集めたネイマールはクラブワールドカップに出場するために日本に来日し、日本国内のサッカーファンの大注目を集めたことは記憶に新しいだろう。
若干19歳のネイマールと現在の全世界のサッカー選手の中での最高傑作バルセロナのメッシが大会の主役となった。

決勝で対戦した二人だったが、ネイマールはバルセロナの徹底的なマークからチャンスを得ることはできず、サントスFCは準優勝で大会を終えた。
この時、ネイマールは実際にバルセロナと対戦してみてたくさんの刺激と影響を得たのだろう。

その年の南米年間最優秀選手としてネイマールが選出され、名実共にネイマールは世界的プレーヤーとなった。

そしてロンドン五輪に出場
全7試合に出場し、4得点。

その後、
クリスティアーノ・ロナウドと1シーズンプレーするよりも、メッシと1試合でも一緒に試合をしたい。

と、バルセロナ移籍が発表された。
憧れのメッシと同じクラブで同じ目標を目指すこととなったネイマールは、幸せそうだった。


ネイマールは20歳でロンドン五輪にブラジル代表として出場。

●今大会を視野に入れた代表での戦い

ブラジルW杯の開催が決まっていることから、予選がない戦いとなることが分かっていたブラジルは、2010南アフリカW杯終了後代表選手たちの育成をブラジルW杯で優勝することを目標に組んだ。
その核となると考えられていたのがネイマール。
2010年南アフリカW杯が終了したすぐ後のブラジル代表に初招集されたネイマールは代表デビュー戦で先制ゴールを挙げた。
ネイマールを中心としたサッカーを武器にブラジルは4年後の自国開催のW杯を戦うことを決めていた。
大きくメンバーを替え、新しい出発としてブラジル代表を4年間かけて強化してきた。

一時はブラジル代表が結果を出せずに変化のリスクを伴うこともあったが、最終的には絶対的な優勝候補として名前がどこでも一番に上がるなど、ブラジル代表、そしてネイマールに期待が全世界から注がれた。

そして開幕したW杯。

はじめてのW杯が自国開催というのはおそらくとてつもないプレッシャーがあったであろう。
そして感動的だったはずだ。
代表としての誇り、カナリア軍団の一人として、そしてエースとして10を付ける重み。

 

ブラジルのサッカー選手がブラジル代表選手になるというのは、きっと日本のサッカー選手たちが日本代表に選出されるよりももっともっと難しい。

ブラジルはサッカーの国。
小さな頃からサッカーボールを蹴っており、その質はもちろん幼少時代から高い。
その中からクラブチームに入り結果を出すことがとてつもなく難しい。
サッカー人口の数にも違いがあり、そして質が高い中で頭角を現すのはほんの一握りの選手でしかない。
その中からサッカー選手となり、国内でプレーする選手や海外に出てプレーする選手…ブラジル人選手は日本を含めて全世界に点在し、世界4大リーグはもちろん世界各地でブラジル人サッカー選手というのは助っ人外国人として所属している。

その中からたった23名のブラジル代表に入るのは本当に選ばれし一握りの選手たち。
その中でさらにネイマールは絶対的エースである「10」を付けてプレーする選手。

それは常に世界のトップとして戦ってきたブラジルのすべてのプライド、そして誇りを意味する。
それがネイマールなのだ。

まだ22歳。
しかし、誰よりも重くそして大きな期待をかけられ、背負っている10が彼の背中にフィットしていた。

●予想をしていなかった終わり方

ネイマールは大会がはじまってからコンスタントに得点をあげ、ブラジルの中心として活躍し、大会の中心はネイマールとなっていた。
重ねる得点だけでなくネイマールを中心としたブラジル特有の攻撃力は見ている者をワクワクさせ、そしてfootballの楽しさを全世界に伝えた。
もっとネイマールを観たいという気持ちにさせてくれる、そんな選手だ。

しかし、悲劇は準々決勝の舞台で起きてしまった。

ネイマールはどの国と対戦しても、厳しいマークに遭うこと、そして厳しい当たりに遭うことは予想されていたことで、本人もよく理解していただろう。
しかし、あのスピードに乗った状態えの跳び蹴りは衝撃が強すぎた。

腰に入った相手選手の膝。
ネイマールは突き飛ばされたように宙に飛び、そして腰を押さえて悶絶した。
近寄ったチームメイトにネイマールは涙を浮かべながらこう言ったという。

「足が動かないんだ…足の感覚が…ないんだよ」


ネイマールは担架でピッチから運ばれそのまま救急車にて病院に搬送。
検査の結果、腰椎骨折という診断が下された。

それにより、ネイマールは残りの大会期間はプレー続行が不可能となり、ネイマールのはじめてのブラジルW杯が終わった。


医師によるとあと2.5センチ骨折した骨がズレて神経にあたっていたら…麻痺や不随になっていただろうと診断結果を説明。
その2.5センチがネイマールを救った。

それはきっとサッカーの神様が、ネイマールに次の機会を与えたからだろう…そう信じてこれからのネイマールのプレーを、世界の人々を魅力する姿を待とう。

 

ネイマールは動画でメッセージを配信した。
目は吐き腫らしたと思われるぷっくりと腫れた赤い目をし、世界中にやさしく自分の言葉を発信した。
世界中の人が、そしてブラジルの国民が。
ネイマールをHEROとして見ていること、そういった想いを背負っていることを自覚していることだろう。
だからこそ、その言葉を発信し、そしてネイマールの夢を語り人々に「次」への期待を持たせるようなそんな発信をしたのだ。

 

 http://youtu.be/gj3DTfKEyuE

サッカーをこよなく愛し、ブラジルを心から大切に想うネイマール。
どの国よりも重い「10」を背負い、ブラジル最高の「10」を表現すべく立ったピッチ。
黄色く染まり大歓声の中、自身のゴールで最高潮の盛り上がりを演出する存在感。


それが2014ブラジルW杯に残した ネイマールの姿。


ブラジルはその後、まさかの惨劇で敗退となり、夢は果たされることはなかったものの
ネイマールの夢はまだ途中であり、続いている。

W杯を経験したネイマールが次の大会でどんな戦いを魅せてくれるのか。
これからの4年間でどんな「10」を演出してくれるのか。


世界のエースのこの先は まだ誰も観たことがない世界かもしれない。
そんな超越したfootballをネイマールは魅せてくれることだろう。


Obrigado pela impressão.

世界最高を背負っての挑戦は、もうスタートしている。

 

 

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はじめまして。ここのところ、強烈な点取り屋というキャラがいないセレソンでは?なんて思っちゃいます。
ロマーリオが現役の頃で、かつ監督がクライフの時の映像です。
https://www.youtube.com/watch?v=1R7HZttm9rk&t=

名無しさん  Good!!0 イエローカード0 2019/01/30|04:42 返信

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