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【北海道胆振東部地震】地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 避難所で感じた安心と触れたたくさんの人のやさしさ 【第6回】

2018/09/29 18:20配信

飯守 友子 (CHANT編集部)

カテゴリ:コラム

北海道胆振東部地震発生から約3週間が経過いたしました。
余震の数も少なくなりながらも安心しかけた時に大き目の余震が来る恐怖。
数日間ながらも、水と電気がないという被災生活をはじめて送った日々は色濃く「心構え」として残っています。

厚真町他、まだ私の住む身近なところでも大きな被害のままのところもあります。
水が断水している地域もまたあり、手に入りづらいものたちもあります。

サッカーの輪はとても大きな輪だと思っているからこそ、
こういった経験ができるだけ多くの人たちに伝わり、災害に向けての準備への取り組みが拡がりますことを願って
執筆させていただきます。

地震発生、被災。サッカーのある日常に戻るまで。

【北海道胆振東部地震】 地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 第1回 地震前日、台風。|
 http://chantsoccer.com/posts/1580

【北海道胆振東部地震】地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 地震当日、長い一日。【第2回】|
http://chantsoccer.com/posts/1581

【北海道胆振東部地震】 地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 地震当日、生活の確保 【第3回】|
http://chantsoccer.com/posts/1582

【北海道胆振東部地震】 地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 地震当日、長い一日 はじまった復旧【第4回】 http://chantsoccer.com/posts/1583

【北海道胆振東部地震】地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 第5回 地震当日、一部電気復旧 暗闇と余震に不安な夜【第5回】 http://chantsoccer.com/posts/1590

●地震発生2日目。人のやさしさに触れた、朝ごはん。

余震の不安を抱えなかなか寝付けなかった中、いつの間にか眠り起きた朝。
朝を迎えられる安心感をこんなにも感じたことがないというほどに、朝が来た喜びを感じたことを覚えています。

あたたかいごはんが食べたいねーという話をしていたのですが、
近くに住む娘のお友達のお母さんが、ごはんを鍋で炊き塩むすびにして持ってきてくれました。

我が家よりも子供が多く、自分たちの食料を確保するにも大変な中で、
私たち家族のために朝ごはんの時間をおそらくみて持ってきてくれたあたたかいおにぎりは
本当にあたたかくありがたく、おいしくいただきました。

ついに冷凍庫の中で解け始めた冷凍庫の一番上にあったお肉と、冷蔵庫の中では腐ってしまうであろう
チルドの餃子を焼いて食べました。

食事を終えて、スマホの通信を3Gに設定すると、LINEのテキストはサクサク受け取ることができるよううになりました。
相変わらず電波状況は悪かったので画像を開いたりインターネットをみることは難しかったのですが
LINEが時間差なく通じるだけでも全然情報が入ってくるのが違いました。

マンションの近くにある公園にペットボトルの水を汲みに行ったついでに
歯磨き粉をつけた歯ブラシをくわえて行き、歯を磨きました。
公園で歯磨き。通常ならばやらないことですが、もう恥じらいとかそういうことはなく
水のあるところでやりたいことを、公園でしました。
歯磨き、顔を洗うこと。

また給水場に飲み水にもなる水を汲みにいかなくてはと思いながら、トイレ利用のため避難所となっている小学校を訪れると、そこには娘のお友達と学校でお世話になっているお母さんたちが。
ここで充電させてもらえるよとのことだったので、一旦家に帰り充電器を持ってお友達に会いたいという娘も連れて
避難所に戻りました。
そこで私はママ友と、娘はお友達と一緒に他愛もない会話をして笑うだけで本当に気持ちがラクになり
水と電気がない状況、食料が手に入りづらい状況でなにをそろえれば良いのかという危機感いっぱいで過ごす自宅よりも
人と接し同じく大変な状況の方たちと話していると、気持ち的に軽くなり助けられる気持ちになりました。

●はじめての避難所。テレビからの情報で現状を知った衝撃。

避難所は電気が通じていたので、大型のテレビが設置され常にNHKのニュースが流れていました。
テレビがある!というだけで日常生活の中だとなにも特別ではないであろうことが、とても特別な感覚でした。
そこではじめて見ました。厚真町の大変な山崩れや被害者の方が多く出ていること。
北海道内全域で電気がなくなってしまったブラックアウトという状態であったこと。

車で映像を見ることはできたのですが、何かあった時のためにガソリンを出来る限り消費したくなかったので
車のテレビを活用することもほぼなかったので、地震発生2日目にして本当に被害の大きい地震だったのだとあらためて目にして知ることになりました。

自分の住む地域も大きな被害があり、何度もテレビで流れていました。
家が傾き、道路が陥没し、めちゃくちゃになった映像が。

大変なことになったな…と改めて。自分の置かれている状況が初めての繰り返しで戸惑いながらも
生きるためには進まなくてはならずがむしゃらに前向きに立ち向かっていましたが
現実をきちんと知ったのは、このニュースを見た時だった気がします。

避難所には、その時たくさんのパンが運ばれてきました。
うちには食料があったので避難されている方たちに配られるものだからと遠慮しましたが、
避難所に避難されている方の人数以上のものがありますし、なかなかパンは今手に入らないものですから
食べていってくださいとお声がけいただき、パンをいただきました。

避難所にはあたたかいお湯もあったので、白湯をいただきながらパンを食べてニュースを見ていました。
地震のニュースの合間にテニスの大坂なおみ選手が全米オープンで決勝進出というニュースが流れ、避難所では
多くの人たちが「すごい!」と声を出して喜んでいました。
地震で厳しい現実のニュースが流れる中で、このニュースは本当に希望を与えてくれる勇気を与えてくれるニュースでした。
日本の選手が世界的な大きな大会で活躍奮闘しているニュースは心を温かくしてくれました。
がんばればどんな困難でも切り開くことができる。大袈裟かもしれませんが、そんな気持ちにさせてくれました。

その後、同じ地域に住む地元の友達家族が避難所にやってきて充電をしながら
子供たちは子供たち同士、大人たちは大人同士でお互いの近状報告をしつつ、他愛もない話をして過ごしました。

避難所がそれほどぎゅうぎゅうになるほどの方々で埋まっていた状態ではなかったので、学校が休校になった小学生や中学生が数人で集まり
トランプをしたり絵を描いたり、クイズを出し合ったりと遊んでいました。
外の公園で遊ぶには余震による地盤の不安もあり、自宅にいるにも電気や水がない状態だとお友達を招くことも難しく
安心して頑丈な建物の中で時間を過ごせる場としてそれぞれの過ごし方で避難所を利用していました。

避難所となっている小学校は建物は頑丈で安全なものの、グラウンドでは大きな地割れが起き
席のようになっているスタンドはコンクリートが崩れ、学校の塀も一部崩れていました。
地震の影響が大きかったことが伝わる光景がそこにはありました。

●お風呂に入りたい…洗濯、お風呂。生理的に必要となる感覚。

友達に会い気持ちが少し軽くなると、そこまで必死に生きなきゃ!とだけ追求していたところから
お風呂に入りたい…という生理的部分も気になりだしました。
これから何日お風呂に入ることが難しいのか…と考えるとお風呂に入ることも衛生的に大切だろうと考えました。
水を何度も汲みにいき、階段で水を家まで運ぶ作業で何度も汗をかきましたし
身体を拭くだけでも…と考えました。

家に帰ってから、水で冷たいながらもタオルを濡らし身体を拭いて
細かいものは洗濯をしようと大きめのフリーザーパックに少しの水と洗濯洗剤を入れ、
とにかく揉む!揉む!
簡易的な洗濯です。下着類や靴下、小さなタオルなどならこの方法で洗濯ができます。
これもサッカー遠征の多い旅慣れで覚えたこと。

野菜の水切りボウルを持っている方は、細かい洗濯物を入れてそれで脱水していたようです。
我が家にはないので、何度かすすいだあと、手で洗濯ものたちを絞って干しました。

あっという間に周囲は再び暗くなりました。
裏のマンションまでは電気がきているので、この日の夜までに復旧してほしいという想いがありましたが
まだ電気はつきません。
今日もダメか…と思っている中、大阪に今は住む友達から、うちの実家は電気がきてるみたいだからお風呂入りに行っておいで!という連絡が入りました。
大人になっている私が、友達の親御さんにご迷惑をかけて良いのかと思いましたが、
助け合いだから!と友達も友達のお母さんも言ってくださったので、お言葉に甘えてお風呂に入れてもらうことに。

家から近所の友達の実家に娘と共にお邪魔になり、お風呂にご飯に充電にと
本当にあたたかく迎え入れてもらい、至りりつくせりな時間を過ごさせていただきました。
両親を早くに亡くしている私にとって実家という感覚はこういう感覚であろうと感じさせてくれるほどに
あたたかく迎え入れていただきました。

お風呂に入ってスッキリサッパリして、おいしいごはんもいただき帰ろうとしていた矢先
家の電気が復旧したと仕事の確認に行って家に戻った夫から連絡が入りました。

●電気が戻ったという歓喜。友達からかかってきた一本の電話。

家に戻る道はすべて明るく街灯に照らされていました。
マンションに戻るとすべての部屋といっても良いくらいに電気が灯っていて
部屋に入ると明るくテレビもついていて、やっとこの日常が戻った!と本当に嬉しく安心が拡がりました。

電気が戻ったことで水も出たので、とにかくまたいつあるかわからない断水を想定して
汲んできた水はそのままキープで、お風呂にまず水を溜めました。

電気が通りスマホの電波も良くなりました。
ずっと連絡をくれていた道外の友達や、地元の友達、ママ友のグループラインなどなど
電気が復旧して電波が戻ったことや、現状元気に生きていることを伝え
連絡をくれた方々、情報をくれた方々にありがとうを伝えました。

すると仲良しの道外の友達から電話が。
離れている分心配もかけて、テレビで映像が映るたびに大丈夫だろうかと心配を重ね
表立っては普段は見せないものの実は心配性な私が気を許しているその友達にも弱音を吐くこともなく過ごしていたことが
逆に本当に大丈夫かと不安にさせていたようで
電気が戻るまでは自粛していたけど、元気な声が聴きたかった。安心したかった。
という電話でした。

時間にしてたった2日弱。
言葉にするとすごく短いけれど、本当に本当に長い時間でした。
生きるためにはどうしたら良いかと、走り回り不安と戦いながらも
「つらい」「もうイヤだ」といったマイナスの言葉を放ってしまうとその言葉に負けてしまいそうで
とにかくマイナスの言葉は口にせず、不安も口にすることなく余震がこわいという言葉も呑み込み
前向きにポジティブな言葉を発し、「大丈夫!」「そのうち戻る」「すぐに復旧する」と
過ごしてきました。
その張りつめていたものが友達からの電話で解かれ、涙が出ました。

情報をテキストにしてたくさん送ってくれていました。
ツイッターでは被害状況ややっているスーパーやガソリンスタンド等を伝える
私の住む地域のツイッターもフォローしてくれて、逐一情報をくれていたこと。
ウェザーニュースで余震の発生を常にチェックしてくれていました。
本当にありがたく、感謝しかありません。

他にも電気がついたという報告に、よかったと涙を流して喜んでくれた友達。
連絡をしたら電気のない中でスマホの電池を奪ってしまうと考え、連絡を自粛してくださっていた方も
本当に無事でよかったとあたたかい連絡が届いたりと
たくさんの人が、身近な人間として大切に想っていてくれていること、助けてくれようとしてくれていたことが伝わり
本当に嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

電気、水が復旧したことで安心しつつ、
水は大量にキープし、ラジオやライト等の災害時に必要になるものをまとめ家族で置いてある場所を共有しました。

電気復旧まで1週間はかかるという発表からたった2日で
電気が復旧した我が家。
たった2日。今だからそういえますが、本当に2日電気がないだけでも相当つらかったです。

今だから言える「つらかった」。
その日は、不安を半減して寝ることができました。

・ノートPCは即席ポータブル充電器にもなる!電気コードは充電時にあると便利

ノートPCからUSBでスマホに繋ぐことで、スマホが充電されます。
なので、ノートPCがポータブル充電器の役割をしてくれることも。
停電するとPCはまったく使えないと思いがちですが、充電器としての役割をしてくれることもあると今回学びました。

停電が続く中で電気を確保するのって本当に大変です。
一部だけが復旧した時に避難所で充電することができたのですが、コンセントが分かれているタイプの電気コードを持ってきてくれている友達がいて
何個の充電するものがあるので非常に助かりました。
避難所でも充電はご遠慮くださいとなっていたところもあると聞きましたが、充電をさせてくれる避難所でもどこでも良いというわけではなく限られたコンセントからのみでしたので、
電気コードで何分割にもできると多くの人が充電できるので助かりました。

・避難所は情報キャッチにも憩いにもなる

今回、避難所にはそこまで多くの人がいなかったこともあり、電気が通じてからはちょっとした憩いの場といいますか
安心できる場になりました。
電気が通ってからは大きなテレビで情報を見ることができましたし、新聞が朝と夜両方で入ってきていたようでした。
足りないものや支給されるものは避難所に届けられるようで、避難所として機能できるようにクラッカーや水やお湯で戻せるタイプのわかめごはんなどがありました。
お湯もあり、カップ麺なども食べることができたようです。

学校が休校になり、不安と隣合わせでいる中で子供たちがお友達と集まる場所として使用し、トランプやおしゃべり、DVD鑑賞の教室を用意してくれて小さな子供向けのDVDを流すなど
子供たちが気を休める時間を過ごせたことが良かったです。

・フリーザーパック活用法!あると便利で防災には必ず入れてほしい。

防災のために常に置いてあったわけではないのですが…我が家にはわりと大きなものから小さなタイプまで多くのフリーザーパックを常備していました。
我が家にあるのはIKEAのフリーザーパックたち。大きめの2種類と普段使いに勝手の良い2種類が入っている合計4種類がありました。
(IKEAは北海道には出店していないのですが、サッカー遠征時にIKEAで購入するようにしているもの)
文章中にも書きましたが、少しの水と洗剤を入れて、下着類や靴下など小物はフリーザーパックの中で揉むことで洗濯ができること。
中途半端に食べ残した食べ物を入れることもできますし、凍っているものを鍋で湯煎をかけて溶かすために、フリーザーパックの中に入れて湯煎できること、
ちょっとした水を入れることができること…など。
使い道は多くありました。


第7回最終回 地震発生、被災からサッカーのある日常に戻るまで ライフライン復旧から徐々に戻る日常生活の今 に続きます。

 

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