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【北海道胆振東部地震】地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 第5回 地震当日、一部電気復旧 暗闇と余震に不安な夜

2018/09/29 18:07配信

飯守 友子 (CHANT編集部)

カテゴリ:コラム

北海道胆振東部地震が発生から約3週間が経過しました。
もう3週間も経ったのか、という感覚があります。

水も電気も失い食料の確保など、生活するために必死になったのはたったの数日間。
日々薄れていっているもののそれでも余震がくる度に心臓がギュッとなる恐怖感と不安に襲われ
戻っていく日常生活の中でもまだ品薄状態のものがあったり、日常風景の中で道路や家屋が傾いていたり立ち入り禁止だったりと
地震の爪痕はまだ深く感じます。

サッカーのある生活に戻るまで。
第5回は地震当日、長い一日。真っ暗な不安な夜。

 

【北海道胆振東部地震】 地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 第1回 地震前日、台風。|
 http://chantsoccer.com/posts/1580

【北海道胆振東部地震】地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 地震当日、長い一日。【第2回】|
http://chantsoccer.com/posts/1581

【北海道胆振東部地震】 地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 地震当日、生活の確保 【第3回】|
http://chantsoccer.com/posts/1582

【北海道胆振東部地震】 地震、被災からサッカーのある日常に戻るまで 地震当日、長い一日 はじまった復旧【第4回】 http://chantsoccer.com/posts/1583

 

●地震当日、水と電気のない中でとった食事。

電気がないということは=街灯も点くことはなく、本当に真っ暗。暗黒の夜を迎えました。
その中で行動するのは本当に大変なので、気軽に水を汲みにいくことも難しいだろうということで
日が落ちるまでに水を多めに家に運び、備えました。

電池式のランタン、手持ちのライトを白い壁にスポットライトのように上向きで立たせるのが
一番光が拡がる方法だと見つけて、それを二つ。
トイレにいくときやキッチンに立つときは自分の向かう方向や手元を照らしたいので、頭につけるライトをつけました。

ガスだけが使えたので、水を沸かすことができることだけが非常に助かりました。
お湯さえあればカップ麺やパックのごはんを温めることができるからです。

電気が切れてから冷蔵庫ももちろん切れてしまいますが、冷凍されていたものや氷は
その冷気が多く固まっていてくれることと最近の冷蔵庫は密封性が高いのでなかなか溶けなかったことが不幸中の幸いでした。
地震当日の夜には冷凍庫のものはほぼ溶けず、氷もまだ形ある状態で保っていました。
冷蔵庫はなるべく空けないようにしていましたが、お茶類など飲み物も常温状態になったのは次の日で
当日の夜の時点ではまだ冷たいなと感じることができました。

冷蔵庫の中の常温になってはまずいなと思うものを、冷凍庫に移して対応。
冷蔵庫に入れておくよりはきっと冷気は保つと思ったからです。

冷凍庫にあった冷凍パスタをあけて、フリーザーパックに入れて
沸かしたお湯の中に入れて沸騰させ、解凍して夜は食べました。
お米が食べたいという娘のために、パックごはんを同じく沸騰したお湯であたためて、
解け始めているお肉を焼いて出しました。
ガスが停まっていたらと考えると…もっと大変だったと思います。

●一部電気復旧!しかし我が家は真っ暗。それでも希望を持った灯り。

電気がない=街灯も全くついていない状態というのは、本当に真っ暗で、こんなにも夜は暗いものなのかと恐怖を思わせるほど呑み込まれるような暗黒さの夜。
それでも空を見上げるとそこには無数の星が。普段は見えることのない細かな光を放つ星たちが一面に拡がっていました。

家の中はもちろん真っ暗。
そこに昼間に購入した電気式のランタンをテーブルに置き、手持ちの2本のライトは白い壁にスポットライトのように
下から上に向けて立たせることで一番光が拡がると気づき設置、トイレに行くときやキッチンで作業するときは頭につけるタイプのライトをつけて対応しました。
それでももちろん暗い。
本も読めない、電池が気になることと電波もないのでスマホも使えない、もちろんテレビもない…となると
本当にやることってないんですよ。暗い中、ごはんをたべたらもう寝るだけしかない。
でも余震がこわくてこわくて、暗いのがこわい。さらに寝るのがこわい。

そんな中、突然マンション群に響いた電気復旧の一声
「電気ついたよー!!」という大きな声が響きました。

外を見ると街灯がついていて、思わず歓喜の声が。
我が家もブレーカーをあげて電気スイッチを入れてみるも…点かない。
道を挟んで裏側のマンションはついているのに、うちのマンション、隣のマンションは点かない。
電気がついたエリアとは反対側の窓をみると、街灯も点かず真っ暗な状態が続いていました。

点いているところと点いていないところがある。
これは…なぜ。
と思いながらも、気持ちを切り替えるしかないんですよ。

すぐ近くのエリアの電気が戻ったということは、きっと我が家も電気がつくのにそう時間は
かからないはず。そう信じて、まずはできることをしようと思いました。

できること…と考えて、電気が復旧したならばきっとガソリンスタンドが開いたところがあるはずだ!と思いました。
今年の春に引っ越したので、前に住んでいた違う区のお友達のグループラインで電気の復旧とガソリンスタンドがやっているという情報を娘がLINEでキャッチしたので
被害の大きい自分たちが住むエリアよりも外に出ることで、ガソリンは入れられる可能性は高いかもしれないと思い、
車に乗ってガソリンを探しに行きました。

大きな道路は比較的、信号が復旧していたものの、まだまだ真っ暗なエリアもあり
信号が復旧していない道もたくさんありました。
暗い上に信号がないので、行き交う車は譲り合いをします。
車はライトが点いているので、判別できるのですが、信号がない中で横断しようとする人が見えなくて。
でも人は出てこないことには車が停まってくれないので、見えない状態で出てきてしまう。非常に危険でした。
懐中電灯を持っている人は認識できるのですが、なにも持っていない人は本当に危なかったですね…スマホの灯りでも良いので道路渡るときだけでも
光は付けておくのが命を守ることに繋がるのではないかと思いました。

なんとか信号のない中、隣の区にいって営業しているガソリンスタンドを発見。
すでに長蛇の列だったものの40分ほど並び上限となっていた20リットルを入れることができました。
私の車は20リットルを追加したことで、かなりガソリンメーターが満タン近くまで上がったので、
これで車がしばらく使える、と安堵。

帰りも、電気が通ったエリアと電気が通っていないエリアを通りながら帰りました。
電気がついたエリアはすごく明るくて、普段は当たり前になっているけど、こんなにも明るいのだなと。
逆に電気のないエリアは家も含めて電気が点いていないので、誰も住んでいないような寂しさ漂う雰囲気。
早く電気が戻ってほしいなと思いながら、帰路につきました。

家に帰ってからは、もうすることもなかったので寝るしかないねと
寝ることにしました。
1人ではこわいから、とその日は娘と同じ部屋で寝ました。
寝てる間に余震がきたとして、頭に落ちてくるものはないか崩れるものはないかと確認をして
家中の開き戸がある棚にはすべて養生テープを貼って、寝ました。

何度か揺れた余震と恐怖、不安感でなかなか眠りにつくことができませんでしたが
気づいたときには部屋の中が太陽の光によって明るく、地震発生から24時間以上を経過することができたのでした。

・現代の冷蔵庫は10時間保てる!?冷蔵庫は密封度が高くなかなか優れている!

電気が通らない=冷蔵庫の中もすべてダメになると考えますが、冷蔵庫はすぐには常温になりません。
密封度が高いので、冷凍のものは初日には全くといって解けませんでした。
氷もたくさん入っていたので、氷もかなりの時間状態をキープしてくれていました。
これが助かりました。氷があれば常温の水たちも冷たくして飲むことができたので、
とにかく氷は保温性の高い水筒に入れて、水筒のまま冷凍庫に入れて氷の状態を保ちました。

冷蔵庫で常温となってしまうとダメになってしまうものたちは冷凍庫に移しました。
冷凍庫には凍っているものたちが冷気を発してくれているので、冷蔵庫代わりになりました。

冷蔵しなくてはならないものって意外と冷静に考えると少ないものなんですよね。
卵も冷やしおかないと悪くなってしまうような気がしますが、スーパーの陳列を考えると卵って常温で置いてありますよね。
調味料類も冷蔵庫の中に入れているけど、スーパーでは常温で売っている。
そう考えていくと、そこまで冷蔵じゃないとダメ!というものは改めて少ないのかもしれないなと
スーパーの陳列を考えて分けました。

・電気が通っていない場合はブレーカーはおとすべき!

電気が復旧して通電したときにショートしてしまうものがあるので、ブレーカーは落とさなくてはいけないみたいです。
その情報を聞いたので我が家もブレーカーを落としていました。
電気が復旧したかしていないかは街灯でわかるので、復旧したときは街灯等で確認してからブレーカーを上げましょう。

・電気復旧はまず大きな道路の信号や避難所、病院などがある区画からだった

今回、1週間ほど復旧に時間がかかるといわれながらも、自身当日の夜には一部電気が復旧しました。
きっとたくさんの人が電気復旧のために駆け回って働いてくれたのだろうと思います。

この「一部」なのですが、避難所がある一画や大きな病院がある一画、市役所や消防署、警察署などの公的施設がある一画などが
まず復旧の対象となり、ピンポイントで復旧できるわけではないので、そこに電気を流す変電区域としてその周辺の電気が復旧したとのことでした。
大きな道路の信号がある一画も同じく、でした。
まずはそういったところが優先で、電気が点いていきました。

第6回 避難所で感じた安心と触れたたくさんの人のやさしさ に続きます。

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