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日本代表2018ロシア大会の背番号10は誰が背負う…?歴代背番号10の背中

2018/04/24 16:38配信

サカログ花子

カテゴリ:コラム

世間的にもサッカーファン的にもW杯間近だとは思えないほどに、
今W杯直前とは思えない空気感ですが、本当に迫っているW杯までの期間。

監督が交代し、どんな日本代表になるかもわからないですが
日本代表が出場すること、世界の舞台で戦うことは確かです。

そこで、これまでの日本代表の重要なナンバーである10番を振り返ってみたいと思います。

・日本がはじめて出場した1998年フランス大会の10 名波浩

日本があと一歩でW杯出場を逃した94年アメリカ大会。
ドーハの悲劇を乗り越えて、必ずW杯に出場しなくてはならないという使命の元
目指したW杯でしたが、簡単にはいかず予選で早々に自力での突破の可能性がなくなるな
(その後、他の国の結果などにより復活)日本中が蒼くはじめて染まった大会だったといって良いでしょう。

使命ともいえる日本中からの圧を感じる期待と共にはじめてW杯出場を決めたこの大会で
10を背負ったのは現在ジュビロ磐田で監督を務めている名波浩氏でした。

日本サッカーがはじめてW杯で戦ったのは、強豪アルゼンチン。
その試合で相手のアシストになってしまったボールロストをしたのも
背番号10で記憶に残るシーンとなってしまいましたが、はじめてのW杯出場で
日本代表のために戦った10の背中は個人的にもこれまでで一番の印象に残っている10番です。

・2002年はじめての自国開催 日韓W杯では監督からのメッセージがこめられた10 中山雅史

初の自国開催となった日韓W杯。
アジアでの開催も初のW杯。日本中がサッカーを中心に過ごしたといっても過言ではないほど
日本中が日本代表にサッカーに夢中になった日々でした。

それ故にいつも以上に注目されたメンバー発表。
10番候補は多くいました。
直前の選出で結果を出し10候補となった中村俊輔。
アジア杯MVP等日本代表の柱でしたが怪我の回復が遅れ難しいとされていた名波浩。
どちらが背番号10として名前を呼ばれるかと注目されていましたが、トルシエ監督の口から出たのは
中山雅史という名前。

怪我の回復状態が十分ではない名波に代わり、選出したのは日本代表の
精神的な柱になるであろうベテラン中山雅史の名でした。
背番号10タイプではないものの、その重要な番号を渡したことには
日本代表の精神的支柱としての期待と、怪我によって選出されなかった名波への
気遣いではないかと当時感じました。
(名波と中山はチームメイト)

ベンチから大きな声を張り上げてチームを時に盛り上げて笑いに包み
気迫と気合で若い選手たちを鼓舞して、メンタル、モチベーション面で大きく貢献した
背番号10でした。

・2006年ドイツW杯 念願の10 中村俊輔

02日韓W杯での悔しい選出外の経験を経て、4年間で文句なしの日本代表の中心選手へと成長を遂げた
中村俊輔。背番号10が似合うその姿に注目が集まりました。
世界的にみてもキックは超一級。初戦でゴールもマークするも、日本代表としては
悔しいという感情と似た歯が立たなかった世界の壁を感じる大会となりました。

完全燃焼なのか、不完全燃焼なのか、とにかく世界との差を感じる結果となったドイツ大会。
中村俊輔と中田英寿、小野伸二と日本が誇る世界を感じさせるプレーヤーが並びましたが、
結果として惨敗。
厳しいW杯となりました。

・2010年 南アフリカ大会 直前にチームに変革 裏方となった10 中村俊輔

苦いドイツ大会からオシム監督となり、さらに世界へと近づこうとしている中、
オシム監督が病気で静養。日本代表をはじめてW杯へと導いた岡田武史監督となった日本代表は
W杯直前の合宿まで結果がなかなかでない状況。
このままではまたW杯で惨敗してしまうのではという不安の中、思い切った変革を行いました。

スタメンも多くを入れ替え、戦い方も変えた日本代表は
世界を相手に結果を得ていきます。川島や本田、長谷部といった当時若い戦力といわれていた選手たちが
躍動したことや、目立たない役割とはいえ阿部勇樹がアンカーを務めたことなど、日本代表はしっかりと守るサッカーで
世界のベスト16という結果を確立しました。

この変革により、ベンチで準備をすることになった10中村俊輔。
それでもチームのために働く姿、ピッチにいる選手たちと共に戦う姿は
日本代表というチームを10として責任を持って支えている姿でした。

2大会連続の背番号10でしたが、在り方が違う大会でした。

・2014年 ブラジル大会 世界で戦う10 香川真司

W杯で優勝する。
と目標を最上位と口にしたはじめての大会。
これまでは出場することがまず目標で、出場することがひとつの節目だった中で
パスを繋ぐポゼッションサッカーを確立し、世界の上位を目指すと意気込んだ日本代表でした。

しかし、結果としては再び感じることになってしまった世界の壁。
世界と戦えると思っていたサッカーは通用することなく、厳しい現実を突き付けられました。

10を背負った香川選手はドイツ・ドルトムントで結果を重ね、マンチェスター・ユナイテッドに移籍。
日本代表に世界のビッグクラブの選手がいるという時代となった中で背負った背番号10でしたが
充分な結果を姿を魅せることはできなかった大会でした。


そして今年2018年ロシア大会まであと1か月とちょっと。
今大会の背番号10は誰が背負うことになるのでしょうか。

背番号10は、そのチームの顔です。
日本代表を表現する背番号10は誰が背負うことになるのでしょうか。

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