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本当に悔しい悲しい!Jリーグ史上に残る 禁断の移籍たち!

2018/01/19 11:30配信

スズキ ケイコ

カテゴリ:コラム

オフシーズンに大きな話題となるのが、選手の移籍に関するニュース。
今年はダゾーンの影響が出るのでは?と大型移籍に注目が集まりましたが、
最大といっても良いほどの大きなニュースは、まさかの0円移籍でした。

横浜Fマリノスから、川崎フロンターレへと移籍を決断した齋藤学選手。
歴史に残る禁断の移籍といわれていますが、改めてこの移籍とJリーグ史上禁断の移籍として
遺恨を残した移籍をいくつか掘り返してみたいと思います。

移籍はサポーターにとって非常に重要であり重大。
本当に精神的ダメージは大きいのです…。

・横浜Fマリノスのキャプテンで10番…まさかのお隣へ移籍

この禁断の移籍の布石といいますか、これを語るには昨季のことから語り始める必要がありますよね。
昨季、横浜Fマリノスのオフは激震が走っていました。
フロントの先行きを示したプランや現場のプランなど(監督の方向性含め)選手とフロント側がぶつかっていることが報道されていましたね。
中澤選手の年棒まさかの半額提示問題や、中村俊輔選手との衝突など。齋藤選手もフロントについて不満を漏らしていたと報道がありました。
そしてチームの顔であり象徴であった中村俊輔選手がまさかの移籍を決断。
齋藤選手は海外移籍を模索しようとチームの始動にも合流せずキャンプにも参加せずの状態が続き、
結果海外移籍はあきらめる形で、中村俊輔選手がマリノスの象徴のように付けてきた背番号10を継承し、さらにはキャプテンを務めます。

2017シーズンは10を背負いキャプテンという重い責任を背負いながらプレーし、なかなかゴールを奪えず苦しみます。
ゴールは奪えなかったもののチームの攻撃の中心はあきらかに齋藤選手で、得意のドリブルはもちろん攻撃の起点となり
チームのゴールをアシストという形で多く生み出していました。

が、シーズン途中に前十字靭帯断裂という大怪我を負います。
日本代表も期待されW杯までもう少しという中で、長期離脱という試練となったことを受け
横浜Fマリノスサポーターは齋藤学選手の背中を押すように毎試合声援を届け続けました。

リーグでもACL枠争いをし、天皇杯では優勝こそ手にすることはできなかったものの
決勝まで勝ち上がり、準優勝。
タイトル争いをしたシーズンとなり、結果を残したシーズンとなりました。

が。
齋藤選手はお隣に位置する川崎フロンターレへと移籍を決断。
当然お隣同士にあるチームなので、横浜Fマリノスと川崎フロンターレは神奈川ダービーとしてバチバチピリピリした試合となり、
特にマリノスからフロンターレという移籍は以前にも小宮山選手や田中裕介選手、森谷選手など移籍がありましたから
執拗なブーイングありの相当なピリピリ感のある戦いとなっているチーム同士。
それもダゾーン効果どころか、0円で移籍するというマリノスにとってはひとつも良いことがない移籍となってしまい、
齋藤選手は現在もリハビリ中につきまだピッチに立つことはできませんが、大きな怪我から戻る姿を横浜で見せることなく、川崎に移籍しました。

歴史に残る禁断の移籍といってよいでしょう…。

・オレンジからオレンジへまさかの。10番の0円移籍。

昨季のことなので、まだ記憶に新しいですね。
清水エスパルスに所属していた大前元紀選手が、大宮アルディージャに移籍しました。

大前選手は清水エスパルスから海外挑戦をするため、0円移籍でドイツへの移籍。
冬の移籍でドイツへと挑戦したものの、出場は7試合。
結果的にチームは2部に落ちてしまい、半年ほど経った夏のウィンドウで再びレンタル移籍で清水エスパルスに復帰しました。

その後、2014年に完全移籍という形で清水エスパルスがドイツ・デュッセルドルフから買い取りました。
金額は公表されていませんが、億単位のお金が発生したといわれていますね。

そして2016シーズン終了後、2017シーズンから大宮アルディージャに移籍が発表されます。
またもや0円での移籍でした。

これも遺恨の残る移籍ですね…しかも大宮アルディージャでは2017シーズンは活躍したという結果は
充分に残すことはできませんでしたから。大宮アルディージャはJ2に最下位で降格してしまいました。

・キャプテンながら…同じステージで戦うチームに移籍を決断。

今季、禁断の移籍として大きく取り上げられたのは齋藤学選手ですが、
アビスパ福岡から大宮アルディージャへと移籍を決断した三門雄大選手にも
福岡サポーターからの風当たりが強めです。

昨季、アビスパ福岡はプレーオフにて敗退し、1シーズンでのJ1昇格を逃しました。
キャプテンを務めていた三門選手は、その悔しさを言葉にし、来年こそはJ1にという言葉を口にしたというサポーターの方のお話もあったり
(本当に口にしたのかは実際に見ていないので未確認です)
多くのサポーターの方々も信頼をおいていたキャプテンですが、移籍を決断します。
自身の出身地である埼玉県にある大宮アルディージャ。
しかし、大宮は今季福岡と同じステージで戦いますから、やはりライバルになってしまうわけです。

三門選手は熱い気持ちと責任感の強い方だと感じますが、だからこそこの移籍は多くのサポーターを傷つける結果になったのかもしれませんね。
福岡と大宮の戦いは三門ダービーとなる可能性大です。

・J1昇格も、古巣へ完全移籍。編成間に合わず最終ラインが崩壊。

コンサドーレ札幌がJ1へと昇格した2012年。
セレッソ大阪から構想外となり(と、いわれている。公式的な発表ではないはず)札幌へと移籍した山下達也選手は
札幌で当時監督を務めていた石崎監督の下、主力のセンターバックとしてプレー。
それまでほとんど試合に出場したことのなかった選手だったようですが、札幌ではスタメンに定着。
その能力を存分に開花させJ1昇格に大きく貢献しました。

J1昇格後はローカルテレビの多くの番組に出演し、人生で一番嬉しい勝利だったと試合後涙を流していた歓喜を振り返り、
来季は…とJ1に上がってからの札幌という未来を語ってシーズンオフへと突入。
しかし、その後古巣であるセレッソ大阪から獲得オファーが届き、地元である関西、セレッソ大阪への想いなどもあり
悩んだ結果セレッソ大阪へと復帰。結局札幌でプレーしたのは1シーズンのみとなった。
移籍金が発生し、数千万円を残した。その後札幌の社長となった野々村氏が当時の厳しいコンサドーレの財政を考えるとあの移籍金は大きかったと後に話しています。
しかし、サポーターは今でも怒りを持っており、セレッソ大阪との試合では大きなブーイングが巻き起こります。

移籍後、最終ラインが崩壊しJリーグ史上に残るほどの失点数でJ1惨敗という結果となってしまった上に
石崎監督が「J1昇格が決まって編成が決まってから選手がいなくなってしまうなんていうことも痛手だった」というような言葉を
残したことも記憶に残っています。


見つめ直すとまだまだあるでしょうが、いくつかあげてみました。
世界を見るともっと禁断の!と言われている移籍がいくつもあり移籍がつきもののサッカー界にとっては
仕方ない一面もありながらも…やはりサポーターにとっては心に傷がつく移籍は嫌なものです。
信頼して応援してきたからこそ、去ってしまう寂しさや悲しさくやしさは大きい。

ブーイングに憎しみが込められていたとしても、それは元をたどれば愛情だったのだと思います。
ブーイングだけがしたいと面白がっている層は別として。

みなさんは、遺恨の残る移籍体感したことありますか…??
悔しさ、悲しさ、いろいろあれば教えてください!

では、また♪

 

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