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【連載】 ~俺たちの総理大臣杯~ 柏レイソル 栗澤僚一選手 流通経済大学卒 【第1回】

2017/06/27 19:31配信

CHANT編集部

カテゴリ:コラム

多くのJリーガーを輩出し続けている流通経済大学サッカー部。
中でもレジェンドとして語られる選手の一人であるのが 柏レイソル所属の栗澤僚一選手だ。

プロとなったOB選手たち、そして現在大学でプレーする選手の多くが憧れを抱く存在である栗澤選手。
大学主要大会である総理大臣杯を中心に大学時代を振り返っていただき、『今』の栗澤選手だからこそ感じるそこに在った「想い」を聞いた。

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当時、関東大学リーグではなく都県リーグで戦っていた流通経済大学サッカー部へと進んだ経緯を 栗澤選手はこう話す。

「第一志望の大学に落ちてしまったこともあり、本田先生(栗澤選手の出身校である習志野高校の当時監督、現・流経柏高監督)の勧めで大学にまず見学に行きました」
「そして中野先生と会って、すぐに決めましたね」

「当時はまだ県リーグで戦っていた発展途上中のチームでしたが、これから一緒に強くして行こう!というメッセージを強く感じて。
今コーチを務めている中島(俊一・JFLで戦う流経大ドラゴンズ龍ヶ崎監督)も一緒だったりで魅力的でしたし、すごく熱心に誘ってくれたのが伝わったので、一緒に戦って強くなろうとその場で決心しましたね」。

1つめの寮が完成し、サッカー部は全寮制となり、大きな一歩を踏み出していた流通経済大学サッカー部において 欠かせない歴史の1ページ。
本格的強化を進める流通経済大学で、ひとつひとつ歩みを進めていた年代だった。

2年生の時、はじめて総理大臣杯へと出場する。

「総理大臣杯は、夏の一番苦しい時の大会なので、暑さとの戦いであり、連戦との戦いであり。メンタル的に強くなければいけないな、と感じましたね。
そういう意味では心・技・体…真のチャンピオンを決める大会だと感じました」

「カテゴリーが下のチームでも勝ち上がることで出られる可能性を持つ大会であるだけに、必死に戦いましたね。上のカテゴリーで戦う大学に勝つことで、チームにどんどん自信がつくことを実感して戦っていました。
今思い返すと、チーム全体で成長できる大会だったと感じますね」

3年生の時、舞台は総理大臣杯。
2年連続の出場となった総理大臣杯で、関西代表校・阪南大学を相手に1-7という大敗を喫した。
この敗戦を中野監督も強烈に記憶していると話す。

栗澤選手も
「もちろん覚えていますね。序盤から緩い感じで入ってしまって…暑いけど、立ち上がりしっかりしなきゃいけなかったのに、チームが全体的に緩かったのを覚えています。
点を獲られる度に集中が切れてしまったという酷い試合でしたね…もっとこうしたら良かったを繰り返し、思い返していた記憶があります」

試合の前日には、チーム全員でリラックスのためUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)へと遊びにいった、と中野監督。
「暑いし、体力も精神も難しかったから全員で一度緊張感を解いてリラックスしようと。そしたらUSJの方が暑かったんですよ(笑)」と当時を振り返る。
試合以外の部分の思い出があることも、総理大臣杯を戦った証だ。

4年生 最上学年で迎えた、総理大臣杯関東予選では敗退となり、最後の総理大臣杯出場を逃したことを後悔した、と語る。

「総理大臣杯は何回も出られる大会ではないんですよ。
関東でも勝ち切っていかなくてはならない大会ですし、予選から本番のようにやっていかないといけない」

「でも、どこかで『もう1回出れるだろ』っていう甘さがあったと振り返ると感じますね。でも、関東はそんな甘い予選ではないし、出られることが当たり前ではない。
ココで勝てば出られる、というところで負けてしまい、出場できませんでした」

「その年は良いシーズンを送れなかったなぁと感じますね。夏の大会(総理大臣杯)に出ていれば、頂点目指してチームで戦うことでもっとまとまりができていたんじゃないかと思うこともありましたし、
良い状態で後期リーグを迎えられてもっともっとチームとして熟成できたんじゃないかなとか、振り返って感じる後悔がありました」。

と、栗澤選手は総理大臣杯へ出場することの重要さを実感していたと語った。

「自分たちは県リーグからはじまって、常に自分たちよりも強い相手にチャレンジをし続けてきた4年間だった。
ステップアップの時代であって、常に限界は決めずに上を目指して戦った。
なので、自然にチャレンジャー精神というのがありましたね。だからこそ関東1部の舞台で戦うことが実現しましたし、プロの世界にも進むことができた」

「大学生活は個の戦いです。
自分が好きなようにもできる。いろんなところに遊びにも行けるし、練習をしなくても力を抜いても特に縛られてるわけではないし、大人になっていく段階の年齢なのでなんとでもできる。
その中で、どれだけ真剣にサッカーに費やせるか、向き合えるかだと思うんです」

「大学より先をサッカーで考えているのであれば、その先に行けるかどうかは大学時代の過ごし方・時間の使い方で決まる。
限界を決めずに、より自分を高めていかなければ、結果に結びつかないものだと思います」

「実は長いようで短い時間だからこそ、一日一日を本当に大切にしてほしい」
と、現在戦う後輩たちへとメッセージを送る。

「大学の4年間は非常に大きい。
大学でやってきたからこそ、プロでも通用するんだな、と実感しましたね。
大卒でプロ選手になるからには、即戦力としてやっていかなきゃいけないですし、
大学4年間の舞台というのは、今すぐプロでもできるという証明をしなくてはならない場所だと、今振り返ると感じますね」

「自分はFC東京でプロ生活をスタートさせましたが、当時ベテランの選手たちが多く大卒で10年やってきている選手たちをみてきました。
だから自分も大卒で10年やれる選手を、と目指してやってきた部分がありましたね」

今季、栗澤僚一選手はプロサッカー選手として 13シーズン目を迎えている。
目標としてきた大卒プロ10年を越えてもなお、チャレンジ精神は変わらないと話す。

「常に向上心を持ってやっていくことが、長くプレーできる秘訣だと思っています。
 大学の4年間を終えてプロになった後にも、いろいろと待ち受けている困難がもちろんあるけれど、大学の頃ってたくさん苦しむはずです。
 それを乗り越えたという経験が、強いメンタルに繋がるので、プロになって壁にぶつかった時でも、今まで越えてきたという強さを出せるのが大卒選手の強みだと思います」

「大学4年間はとにかく濃いはず。自分は大学でどんなに下からでも諦めず這い上がる力を培ってきたと思っています。
今でも間違いなくそれが、生かされていますね」。

プロサッカー選手13シーズン目を戦う 栗澤僚一選手の『今』振り返る、~俺たちの総理大臣杯~。
過酷な夏に戦うからこそ、生まれる強さが在ると振り返る。

今もなお、大学時代に培った力を日々実感し実践しながら、プロの世界で戦う栗澤僚一選手は、
流通経済大学サッカー部全選手たちの先頭に立ち、走り続けている―。


◇栗澤僚一◇

MF
1982.9.5生
2001年 流通経済大学入学
習志野高-流通経済大学-FC東京-柏レイソル

Writing Tomoko Iimori / Photo Yasuko Tohyama

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