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「個」か「組織」かの議論に意味はあるのか?

2017/04/17 20:25配信

武蔵

カテゴリ:コラム

『「個」か「組織」か』の議論に関しては、既に十分出尽くした感があります。

その答えは「両方大事だし、両立し得る」というものです。


では、巷にあふれる『「個」か「組織」か』の議論に意味はあるのでしょうか?

私は、意味があると思います。

ただし、条件付きで。


その条件とは

その議論の範囲が日本サッカー界に限定される場合においては、というものです。

それだけ、今日の日本サッカー界というものは、特殊な状況下に置かれています。

最先端における「個」と「組織」

メッシやクリスティアーノ・ロナウド、あるいはロッベンやアザールなどは

スコアに影響したり、それに準ずるプレーによって、分かりやすく「個」を示します。


では、それらのチームが「組織」的でないかといえば、そうではありません。

確かに、ノイアーやクルトワ、あるいはセルヒオ・ラモスのように

「個」で守る(場面が目立つ)、スコアに影響できるという選手が所属しています。

しかし、守備はいつでも組織立って行われます。

現在は守備ブロックを作ることが前提となっている時代であり

基本は8枚、最低でも7枚という人数を掛けるために

例えば、ボールを失った際には自陣に急いで戻る

そのための時間を稼ぐことに最低でも1人はカウンタープレスを仕掛ける、といった

多大なエネルギーを消費する仕組みが一般的となっています。

つまり、守備は組織的であることが大前提であり

その上に乗っかる形で「個」の力が存在するということです。


そして、それは攻撃、ボールプレーにおいても言えることです。


上記のようなスタープレイヤーを抱え得るメガクラブは

ボールを持つ時間が多くなる試合が増えます。

その場合、最も警戒すべきはカウンターです。

もっと言うと、守備が整っていない状況で攻撃を受けることです。


そういった条件の中では、GKを含めて最低でも5人は

攻→守に重きを置いたポジショニングをするのが一般的です。

まとめると

攻撃時に守備のことを考えると、5人は置いておきたい

守備時には基本的に7~8人を割きたい、ということになります。

これらは「組織」的な負担の素と言え、この負担を減らすのが「個」の力です。


一般的に「個」の力の中身とされているのは、以下のとおりです。

・「個」で相手からボールを奪える選手

・「個」でボールを相手ゴールまで運べる選手

・「個」で得点が取れる選手


こういった選手の存在は「組織」的な負担を減らす効果、役割があります。

つまり、より少ない人数での攻撃の完結に貢献できる選手や

より少ない人数でボールを奪える選手が「個」の力がある選手と呼ばれます。


こういった選手たちを抱えるためには、より多くのコスト

金銭はもちろん、時間やタイトルなどが形成するステータスが重要となります。

「個」は「組織」を助けます。

そして、もちろん逆も然りです。


チェルシーは3421の導入と、その後の快進撃が大きな話題となりましたが

541の守備ブロックにおいて左SHに位置するアザールは

その守備ブロックに参加したり、あるいはしなかったりであると言えます。

それは、攻め残りをすることで「個」の力を最大限発揮しようということであり

この点において、アザールは守備に参加しないことでチームを助けていると言えます。



コンテの仕事は、アザールが戻らない場合でも守れる「組織」を作ることであり

クラブのフロントの仕事は、その「組織」を助ける「個」を獲得することにありました。


例えばフロントがカンテを補強し、コンテがカンテの横にマティッチを並べたことは

その「組織」の形成を念頭に置いていたことを示しているでしょう。

付け加えるならば、アザールと同じように「個」の力で「組織」を助けるカンテもまた

「組織」によって生かされる「個」であると言えます。


カンテの特徴は、相手に使われそうなスペースに出て行き、前進を阻むこと

あるいはそこで、単独でボールを奪ってしまうことにあります。

従って、よく動く彼の空けたスペースを埋める役割、仕組みが必要となります。

チェルシーがこれを実現できているのは、コンテがかつて3142でセリエAを席巻し

その中で、少なくない時間において532を駆使した実績があり

そういった「組織」を形成できる指導者であるというのが大きいでしょう。

日本で「個」か「組織」かの議論が有効なワケ

ではなぜ「個」か「組織」かの二項対立な議論が

こと日本サッカーにおいては成立してしまうのかというと

大きな理由として、この特殊な環境を挙げることができます。


夏休みの観客増、または世界でも有数の豪雪地帯を数多く有すること

それらに加えて、今年からDAZN側の思惑なども加わりましたが

それらの理由により、Jリーグは春秋制を採っています。

また育成年代においても、そのカレンダーを踏襲しており

真夏の昼間の連戦が、そのカテゴリーのタイトルの行方を決したりするのが現状です。


高温多湿で、大変過ごしにくい気候の中での試合は

「個」と「組織」の相互関係を示すような、いわゆる試合の質を期待できません。

その中では、欧州基準の組織的なサッカーは構成しにくいものがあり

また、夏場のオープンな展開は「個」の力の大いなる見せ場となります。


この環境が続く限りは『「組織」より「個」』というような議論は続くでしょうし

現実に即しているという意味で、一定の価値を持ち続けることでしょう。

しかし、この状況はポジティブではありません。

なぜなら、これは日本と目指すべき欧州基準のサッカーとの分断を示すからです。


この分断=「個」か「組織」かの議論が有効と言える現状が続くうちは

目指すべき欧州に近づくことは出来ないでしょうし

世界のトップを目指すにあたり、別のやり方を模索する必要があります。

それは、日本サッカーの日本化というような綺麗事ではなく

欧州でのサッカーの進化に背を向ける行為であり

前人未到のルートを選ぶことは、結果を出すまでに多くの困難が伴うでしょう。

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