CHANT(チャント) 流通経済大学サッカー部

【RKU】 4年生、卒業―。すでに始まった新たな挑戦。大学生活を振り返る ほんの少し触れる「思い出」 【流通経済大学】

2017/03/20 21:23配信

CHANT編集部

カテゴリ:コラム


Jリーグが開幕し、JFLも開幕。
2017シーズンは、すでに動き出している。

4年間大学で戦い卒業を迎えた選手たちの中には、ルーキーイヤーとしてすでに新たな歩みをスタートさせた選手たちもいる。
この時期サッカーは新シーズンを迎える時期だが、学生たちの本来は卒業シーズンである。

だが。
すでに新たな道への挑戦をはじめた彼らは、卒業式を揃って共に迎えることはできない。

2016シーズン 流通経済大学で4年生としてチームの最上学年に立った彼ら。

塚川孝輝 ファジアーノ岡山
橋口拓哉 柏レイソル
藤原雅斗 ザスパクサツ群馬
日高大 Honda FC
吉森恭兵 ソニー仙台

それぞれ次の道が決まって迎えた、遡ること2016年12月。
退寮を直前に控え大学から旅立つことが決まっていた彼らに、ほんの少し思い出に触れてもらった。


・流通経済大学へと進学したきっかけは?

藤原 最初は関西の大学に行こうと思い受けたけど、落ちたんです。
その後、流大が熱心に声をかけてくれたので、流大に来ることに。

吉森 関東の別の大学のセレクション受けたけど、落ちて…。
流大は2年生の時から声をかけてもらってたので、決めました。

一同 初めて知ったー!びっくり…(驚きの顔)
そうなん?受けたんだ…へぇーー!全然知らん… (ここでは具体的には名を伏せますが、実際には具体的な大学名が。その大学を受けていたことを知って一同驚き)

日高 自分は高校の練習の時に、大平さん(大平正軌コーチ)が来てて。
その時にみんなの前で話をしてもらって、その時してもらった話に衝撃を受けて。流大ってすごいんだ、と思って。
高校の先生にお願いして、練習参加をさせてもらえることになって。実際に練習に参加してみて改めていいなぁと思って、流大に決めましたね。

塚川 某強豪大学を受けたんですけど落ちて…で、他の関東の大学に行こうと思ってたんですけど、
高校の監督が「お前はもっと厳しいところに行った方がいい」って言ったんで。
まさる(日高とは広島観音高校から一緒)が流大に行くって決まってたんで、じゃあ一緒に行こうかなって決めました。

橋口 高校時代は全然無名で有名ではなくて。でもプロになりたかったので、環境が整っててプロ選手を多く輩出している場所と考えると、流大だった。
あの頃は、流大が宮崎でキャンプをしていて、うちの高校の監督と大平さんが昔から付き合いのある関係ということもあって、練習参加させてもらったりして、
行くことを決めました。

・はじめて会った時の印象

塚川 俺、拓哉は絶対キーパーだろうなと思った!

一同 (笑)

日高 でけぇ!って思った思った(笑)
絶対キーパーだろと思ったら、普通にフィールドやってたから確かに驚いた(笑)
俺は孝輝とは高校が一緒だから、名前はもちろんわかるじゃないですか?元々知ってる選手以外ではじめて同期で名前覚えたのが、拓哉だったな。
インパクトで。

橋口 最初の集合の時に同じバスで乗ってきたのが、まさるだったのは覚えてる。
佐貫から同じバスで向かったよね。で、ちょっと遅れて雅斗が入ってきたの覚えてる。
一人だけ遅れてきたから(笑)

一同 恭兵は……

吉森 僕はインキャラで…

一同 (笑)

橋口 俺は、恭兵と同じチームになった時に「俺、絶対こいつらと絶対仲良くなれん」って本気で思って。
こいつらだけは絶対無理や!と思ってたけど…今はなんか…仲良い、かなり(笑)

一同 爆笑

藤原 俺、まさるはめっちゃ足速いなと思った!めっちゃ体力あるし。こいつめっちゃ走れんな!?って驚いたの覚えてる。

塚川 俺たちの代ってめっちゃ人数多いよな。途中で全然辞めなかった。
どうしても毎年辞めていく人がいるけど、俺たちの代は辞めるやつが本当に少なかった。
今振り返ると、それも良かったなって。

・流経大に入って寮生活で共同生活が始まったが?

日高 一年目はキツかったかなぁ…俺。

藤原 最初、寮にちょっと遅れて行ったから、最初同部屋が同期って知らなくて。
先輩だと思って全員に挨拶したの覚えてるわ。

日高 俺たちの前は先輩と一緒だったらしい。俺たちの代から、同部屋同学年になった。

塚川 それもあって、辞める人も少なかったのかもね。

・練習に入ってみて?

吉森 俺らはキツかったよな…

日高 そっちはどーか知らんけど(笑) ←塚川・藤原のいたトップチームを指して

藤原 チーム決める前のクロカンとか…キツかったよね(笑)

一同 あぁーーーーキツかった!

橋口 高校3年を卒業したての自分たちと、4年生の先輩との差はやっぱり感じた。
うまい人がたくさんいる大学だったことももちろんあるけど、最初入りたての頃の1年生と4年生の差はけっこうあったなぁと。

孝輝とか雅斗は1年からトップでやってたけど、俺はインカレの前にちょっとだけトップに上げてもらった時期があって。
その時に全然できなかったんで。孝輝とか雅斗がトップでやってることに当時はすごいなって。

吉森 トップチームに入れると思ってなかったしね。そのぐらい差が…

藤原 1年でキツかったといえば大臣(総理大臣杯)の時。その時、かなり暑くて。前半終わってからハーフタイム中に1年生なんやそのプレーはって怒られて。
ちゃんとやれよって。でもその時、熱中症っぽくなってて。キツーって思ってから記憶がほとんどない(笑)

・4年間振り返ってみて壁にぶつかったこと、苦しんだポイントなどは?

日高 俺は3年の時だな。
全然試合出れなくて。でも全然自分が悪いプレーしてるとは思ってなくて。
なんで出れないんだろうなぁってずっと思ってて。
大平さんにずっと怒られてて。そこに反抗したこともあったりしたな。
でも、それがあったから…そのキツイと思って過ごしてた時期があったからこその「今」なのかなぁって今は思える。
すごい…キツかった…。

吉森 自分は…とりあえず…走り全般です…

一同 (笑)

吉森 あと…オフ明けと…走りのメニューは全部…

一同 (笑)

吉森 走りのときは苦を感じてた全部…あとは…特にない。

一同 ないの?(笑)

橋口 2年の9月ぐらいに怪我して、3年はずっとIリーグでやってて。
でも、みんなはトップなりJFLで活躍してて。
Iリーグで試合には出れてたけど、自分が思い描いていた高いレベルの中でできているわけではなかったし、
それでやっぱ歯がゆさみたいなものがあって。途中で諦めてしまう仲間も正直いる中で、でも自分は絶対諦めないと思ってやってきた。
でも、その時期は今振り返ると…キツかったな。それがあるから今があると思えてる本当に。

藤原 俺は…特に(笑)
怪我をしたり、トップから離れることもあったけど…特にはキツくなかった。

一同 それだけ雅斗は前向きだったってことだよね(笑)

塚川 俺は…居眠り事件(ミーティング中に監督の横で居眠りをしてしまったこと)があって。Iリーグまで落ちたことがキツかったです。
その時期はずっと怒られてたし、なにをしても怒られてたんで…(笑)
その時はなんで?と思ってた。
でも、なんの自覚もなく真剣な場面でもヘラヘラしてたんだなぁって今振り返ると思います。
その時期は、サッカーが嫌いになってた。なにしてもダメで楽しくもないし、うまくもいかなくて。
もう帰りたい、辞めたいってそんなことばっかり思ってた。
そういうのも(監督やスタッフ陣に)伝わっていたと思うし…Iリーグのチームに行くことになって。
トップから外されることがキツかったけど、でも、そこでサッカーしてたら楽しくて。サッカーって楽しかったんだって改めて思い出すことができた。
あの時がなかったら、きっと「今」はなく、気づけないこともいっぱいあったなって思う。

今年もキツかった…。
年間通してキツかった。キャプテンとしてうまくいかなかったこと。
チームとして結果を出すことができないこと。

吉森 今年といえば、夏のキャンプ…

一同 あぁーーーーキツかった!

日高 あれは4年間の中で一番の思い出に躍り出るぐらいのキツさだった。

(総理大臣杯に出場することのできなかった夏。韓国・大阪強化キャンプにて10日間で20試合以上をこなす。韓国も大阪も灼熱の暑さだった)

吉森 韓国はまだ良かったよね…その後の大阪。

藤原 試合終わって、はぁーキツと思ってたら、もう出んの!?って。すぐまた試合が迫ってくる感じ。

日高 もうやるしかないとしか思ってなかった。

塚川 やるしか道がないからね(笑)とにかくやりきるぞ!としか思ってなかった。

藤原 みんなの顔見てたら休めないと思ってやってた。ちょっと休もうとかサボろうとかできない。

一同 乗り切ったなー(笑)


・4年間で変わったこと

橋口 自分が出られない、うまくいかないと感じる日々の中で…、一番は我慢強くなったと思う。

吉森 プレーが大人になったなと思う。1年生の時は、レッドカードとか普通にもらったりするような感じだった。
年を重ねたこともあるけど、4年間で心のコントロールができるようになったことが一番変わったことかもしれない。
…私生活も含めて。

日高 恭兵と一緒かな。イライラしたとき自分なりの対処法を見つけることができるようになったことは大きいかもしれない。
ストレスが溜まった時とか。4年間寮生活で共同生活をしてる中で、自分一人の時間ってなかなかないからこそ、その中で生きる術を身に付けることができた部分はある。

藤原 …。

一同 雅斗…は、変わってないんじゃない??(笑)

藤原 変わってない気がする…(笑)ストレスもあんまりたまらんし…このまま(笑)

塚川 めっちゃ(試合中)声出すようになったんじゃない?

藤原 あぁ…そう?

日高 …日によらない?

一同 日による(笑)

藤原 調子良いときは声でるよ(笑)


・同部屋だった二人

藤原 恭兵とはずっと部屋一緒やったな。

吉森 ずっと一緒。1年の時から。
…めっちゃうるさい雅斗(笑)でも3年の時が一番うるさかったよね。今は…ちょっと落ち着いたかな(笑)

藤原 落ち着いたな(笑)

吉森 ってか雅斗が部屋にいない(笑)

藤原 …いろいろ出てるから(笑)
でも恭兵も変わったよ。2.3年の頃は一緒に騒いでくれたけど、今は一緒に騒いでくれへん(笑)
一発芸とか、やってくれなくなった(笑)

吉森 …部屋にいないんだよ。

一同 お互い部屋に、いないんじゃん(笑)

塚川 お互いのどんなところが変わったとか成長したかなぁって、毎日一緒にいるから逆にわかんないかも。
毎日一緒にいるのがとにかく当たり前だった。
寂しくなるよね、4年を終えてバラバラになるのが当たり前だけど、当たり前にみんな一緒だったから。
当たり前じゃなくなるのかーって毎日それを今、噛みしめてる感じ(笑)

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4年間という日々を共に戦い、共に生活してきた。
思い出に触れ語ったのは、ほんの一部の話。

2016シーズン。強豪名門校の結果としては、満足のいく結果ではなかった。
タイトルに遠く及ばず全国への道をもひとつも掴むことのできなかった、苦しい苦しいシーズンだった。

だが、刻んだものは確かにある。
後輩たちに繋がったもの、伝えたことは多く存在する。

新たな道で、すでにチャレンジを始めている彼ら。

4年間を終えたという節目よりも、おそらくこれからぶつかるであろう試練の時や、体感するであろう通用する手ごたえを感じた時、うまくいかず我慢をする時などに
流通経済大学で過ごし重ねた日々を照らし合わせ自らの成長を経験を 実感するのであろう。


全員が揃い3月20日に卒業式を迎えることは、できない。
彼らは流通経済大学サッカー部から、すでに卒業し、すでに羽ばたいている。

戦う場所は違っても、彼らは特別で共に過ごした4年間をいつまでも共有している。


これからは、流大魂というプライドを持ち卒業生として、後輩たちの目指す先を歩む―。

(Writing&Photo Tomoko Iimori / Photo Yasuko Tohyama,Yuka Matsuzaki)

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