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【RKU】 2016シーズンを振り返る~2年小池裕太 迷いから得た成長~ 【流通経済大学】

2016/12/27 21:20配信

CHANT編集部

カテゴリ:コラム


大学サッカーというカテゴリーを語る上で欠かせない存在であろう強豪であり名門・流通経済大学サッカー部の今季は、非常に厳しいシーズンとなった。

総理大臣杯、天皇杯、そしてインカレとすべての全国大会に出場することができなかった今シーズン。
常にどの大会でも優勝候補として挙げられたチームであったが、とにかく今季は苦しんだ。

結果が出なかったからこそ長く感じた今季だが

だからこそ、積み重ねたものがある。
だからこそ、得られたものがある。

―――――

ユース年代から話題となった新たな彗星として大学サッカーの舞台に現れ輝きを放った昨季に比べ、今季は印象を色濃く残せなかった、と見えるかもしれない。
しかし、チームのそして自身の苦しい状況があったからこそ、大きな変化を遂げ大きく成長した選手がいる。

小池裕太。

昨季は1年生ながらスタメンを獲得しその存在感を大きく放ち活躍、新人賞を獲得。
左サイドバックでプレーする小池は大学サッカーをこれから引っ張る存在となるであろう選手として注目を集め、迎えた今季。

シーズン序盤の4月。
小池から伝わった印象は「生意気」だった。

●大学と特別指定。自分の位置を見失いかけた「迷い」。

誰にも負けたくない―。

小池裕太から強く伝わるのは、誰にも負けたくないという強い負けん気だ。

小池の今季は鹿島アントラーズのシーズン前強化キャンプへの参加から始まった。
プロと大学ではシーズンの形で大きく異なる。
と、いうのも大学は学校であるため4月になり学年が上がることとなり新シーズンを迎えるが、プロチームは1月から新チームとしてスタートとなるが故に、小池は1年生の終盤に鹿島のキャンプに参加したこととなる。

プロのキャンプに参加するのは初めてではない。
アルビレックス新潟ユース出身の小池は、ユース時代から評価高くトップのキャンプや練習に参加してきた経験を持つ。
新潟ユースの最高傑作と言われた一人だったが、トップ昇格は成らなかった。
その時の自身を「ガキだった」というように、当時は負けん気と突っぱねた性格によって強く反発心を生んだ結果、プロ選手になる品位として欠けていた。
時には指導者に盾突き文句を放ち、練習の最中勝手に抜け帰ることもあった。

トップに上がれるであろう、自分はやれると信じていたものは
自分の驕りや傲慢さであり、プレー以外の部分で足りない部分も多かったことを知り、閉ざされてしまった門を前に後悔した。

生意気さを前面に出し、ワガママで自分勝手。それではプロにはなれない。必要とはされない。
そう、知ったという小池だが
今シーズン序盤はまだ充分な「生意気さ」を兼ねていた。
高校生の頃を子供だったと振り返ることができているのだから、当時よりも様々なことを悟るようにはなっていたのであろう。
ただ、まだまだ尖っていた。
尖っていることが小池裕太であるという象徴のように、自身をあえて尖らせているようにも見えた。

2年生になったとはいえ、まだ19歳。急激に大人になることは難しい年代でありまだまだ若者という年代。
精神的な部分含め人間形成をすることが重要と常に中野監督が掲げているように、4年間という時間をかけて変化を遂げる選手が多い。

約240名の選手たちがプロサッカー選手を目指し競争を極める流経大で、トップ選手としてあり続けるためには
このぐらい鋭利となることで己を立たせ自身を高めることが必要となる選手なのかもしれないと感じた4月。

振り返ればまだこの時には、周囲に対しても信用を置かず一人でただただ自身のために必死に戦っていたのかもしれない―。

今季は鹿島アントラーズの特別強化指定選手となったこともあり、大学と鹿島での選手としての生活があった。
大学リーグが週末にあるため、大学での試合に出てその次の日から鹿島での練習に加わり、週末には大学に戻り試合へ向けての練習に加わる生活を送った。

大学で求められるものとプロクラブである鹿島で求められるものに多少の違いはあっても、選手として求められるものに大きな違いはなかった。
質の面ではどちらも高いものが求められ、小池の持つ能力を理解し最大限に発揮させようとする面は共通であった。

しかし、大学での学生としての生活そして大学のサッカー部だからこそ選手としてプレーしていれば良いだけではない面や、学生の本分である授業を受けたり寮での共同生活などの部分など
流経大という場所でサッカーをする上で必要不可欠である生活と、プロサッカー選手としてサッカーを中心にする生活には違いを感じた。

違いを比較し生まれた歪みは、小池にとって迷いとなった。
目の前にある2つのサッカー選手としての生活。
目標への実現がリアルなものとなり近づき、足元を浮つかせた。

すぐにプロで勝負したい―。

サッカーだけがしたいという気持ちが先立った。
授業に足が向かなくなった。
大学と鹿島の練習を比べ身が入らなくなった。

自分が今いる場所がどこなのか。
プロの道が閉ざされ選択した道がどこだったのか。
どこでプレーしたことで再びプロに注目される選手となったのか。
自分の足元も見えなくなっていた。

その後、鹿島アントラーズとの特別強化指定が解除となったのは小池の迷いを断ち切るためのものだった。

プロと両立するはずだった自分を失った小池は、大学に入り初の大きな壁を前にすることとなる。


●反発心と纏った鎧から感じた今後への危機。突きつけられた課題。

チームは不調だった。
シーズン序盤、シーズンを戦う上で第一の山場となった強敵・明治大学に勝利したものの、その後も調子を上げることには繋がらず結果をなかなか重ねられないシーズンを送っていた。
トップチームが勝てない中、JFLで戦う流経大ドラゴンズ龍ヶ崎は前期優勝という対照的な結果を残す。
前期を終えたドラゴンズからの選手たちが合流し融合すると、その後の試合で勝利を挙げたものの
夏の総理大臣杯への出場予選を兼ねた大会アミノバイタルカップでは、都リーグのチーム相手に1回戦負けという結果で、夏への挑戦が終わった。

総理大臣杯ではない夏を迎えた流経大が過ごした夏は、過酷を極めるものだった。

韓国遠征で8試合、そのまま大阪へと入り総理大臣杯が行われている横で1日3試合をこなすという過酷を極める強化合宿の中にいた。
「苦しい時こそ、苦しいからこそなにができるか」という点に注目し選手たちをみていたという中野監督。
過酷な日程と気候の中で選手たちは体力はもちろん、精神も削られていく。

小池はさらに鋭利になっていた。

なぜ自分はここにいるんだ
口を開かなくてもそんなメッセージが受け取れるほどに、「特別指定選手の自分」に未練を残していた。

チームのために、苦しい時になにができるか。
苦しいのは他の選手たちも同じで極限でありプレーの質も疲れによってどんどん落ちていく中で、そういう状況だからこそなにをしなければならないかを模索する選手たちがいる横で、
小池は大学に対しての不満を重ねていく。

苦しくなると、なにかのせいにしたくなる。
それが人間の心理なのかもしれない。

大学が悪い
監督が悪い
周囲が悪い

俺はこうしたいのに―。

今までまだ大学では怒られたことがないと話していたシーズン序盤。
1年生の頃から自分に対しての強い指摘出しをされたことがないからこそ、自分はできていると感じていた部分もあったのかもしれない。
でもこの夏、はじめて名指しで怒鳴られた。

はじめてと言っても、その時にはじめて監督やスタッフ陣が小池に対しての足りない部分を見つけたわけではない。
選手たちの性格やその時の状況、タイミングやポイントとなる時をみて監督はじめスタッフ陣は選手たちへの指摘や起用等を決めている。
選手たちが思っているよりも細かく選手としてそして人間として触れ知り、様々な角度から話し合い、判断し、4年間という時間を向き合う。
小池が今後成長するにあたり突きつけなくてはならないタイミングが今季の夏に訪れた。
見失っている「本分」を そして未来をもっと広く見るためには変わらなくてはならない部分があることを プロでやるためには足りていない部分を
すべての答えを与えずに、自分で考え行動する幅を持たせる程度に突き付けたのだ。

怒られている状況で小池はスタッフの顔を見ず、ワザと目を背け全く違う方向を向き、反発心をみせた。
過酷なスケジュールで精神も体力も極限の中、湧き出る怒りの反発心。


このままでは、危ないなと感じた。
危なっかしいという表現が適しているかもしれない。
しかし、これを乗り越える力がなくてはプロではやっていけないであろう。いや、プロだけではない。社会でも同じことだ。
教育の場である大学だからこそ、叱ってくれる。
流経大はすべての答えは選手たちに与えない。それはプロになったとき、社会に出たときにすべての答えを与えてくれるのではなく
自分で考え自分で行動し答えを出す場面に何度も直面することがあるからだ。
自分で考え見つけ、言われたからではなく自分で変わらなければ必要とされない。
だからこそ、自分で答えを見つける力を身に付けることが大切であると常に中野監督は言う。

尖った小池は、さらに鋭利な空気を纏うようになった。
ただどこか、尖ることが自己防衛であるのではないだろうかと感じるようにもなった。
自分はこういうキャラだから、という鎧は誰もが持つものでありそれによって弱い自身を守ることもある。

危なっかしさを持っていた。
ここを乗り越えなくてはただの生意気なだけの選手で終わってしまう。

突きつけられた夏。
ここが変化を迎えるポイントとなっていった。


●明らかに見えた変化。思い通りに動けない自分と向き合う時間が与えたもの。


ターニングポイントとなったのは、この夏の過酷な合宿が終わった後。
龍ヶ崎に戻っての練習試合のタイミングだと、小池は振り返る。

「ここで変わってやろうと思った。気持ちを入れ替えて変わらなければいけないと思って、気合いを入れたのが、その試合だった」

普段リーグで対戦したり全国で対戦したことがあるような所謂強豪校との試合ではない、練習試合だった。
夏の合宿の最後を不貞腐れ不満の限りで終えた小池だったが、スタッフ陣が突き付けたものを跳ね返すことなくしっかり吸収し受け入れた。
その声は、確実に響いていた。

自分は変わらなければならない。
そう再び目標を掲げ、挑んだ後期となった。

10月1日。
夏の過酷なキャンプの後、チームがなにより求めていたのはひとつの勝利だった。
天皇杯茨城県決勝でも同じ地域に位置するライバルである強豪・筑波大学を相手にPK戦まで縺れ込んだ死闘を制すことができず、総理大臣杯に続き全国行きを逃した。
迎えたリーグ後期でも流経大は勝利を掴むことができないまま、首位を走るどんな時でも負けられない相手・明治大学戦を迎えた。

このチームが勝てていないチームなのかとその現実を疑うほどに、流経大は首位明治大を相手に主導権を握る。
ピッチにいる選手たちから集中を研ぎ澄ませた熱い気持ちが伝わる熱戦が繰り広げられる中で、小池だけは何度も目線を下に下げ、どこか不満を持ってプレーしていた。

選手交代が告げられる。
ピッチから下がった小池は、激戦を戦うチームのベンチに戻ることはなかった。
試合終了間際に逆転負けを喫するという大きなダメージが伴う敗戦となったチームの最後の挨拶には出てきたものの 誰よりも早く控室に戻り、誰よりも早く会場を後にした。

夏の表情と重なる。再び不貞腐れているように見えた。
小池の持っていた鋭利な部分のフィルターがそう思わせた。
しかし―。

それから約2週間後の大宮アルディージャとの練習試合では、控え組の序列で出場していた。
時は、明治戦で逆転負けを喫したが大きな手ごたえをつかんだチームはその敗戦をプラス材料とし、次の試合で全員が欲しくて欲しくてたまらなかったひとつの勝利を掴んだ直後だった。
明治戦後、スタメンから外される形となった小池。
自身が出場しない試合で、やっとの想いで繋がった勝利を掴んだことは正直、複雑だった。
しかし、明治戦で交代した時のことを聞くと、その口から出た言葉は意外なものだった。

「あの時は自分の情けなさに怒っていた。自分だけが試合に入り切れていなくて、自分だけが乗れていない。
不調な中でも少しずつみんな変化して良くなっている中で、自分だけが集中もできずチームのために良いプレーもできていない。
チームのためにプラスにならない自分自身に腹が立っていた。」

不貞腐れていたのではなかった。
小池は自分自身に怒っていたのだ。
チームに貢献することができていない自分に腹を立てていた。

自然に出たその言葉に大きな変化を感じた。
これまで出てこなかった「チーム」の中にいる自分。
これまでは自分自身一人でどこか戦っているような姿だった。
鋭利な鎧を身に付けているからこそ、真の部分ではチームのことを想ってもその本心を見せてこなかった部分もあったのかもしれない。
だが、小池裕太は苦しい今季をきっかけに確実に変化を遂げたのだ。

スタメンから外れたのは3試合。
負傷者が出る等アクシデントがあったことで出場機会がすぐに巡ってきたこととなるが、小池にとってはその期間は大きなものだった。
試合に出場できない自分と向き合った。アクシデントであっても巡ってきたその機会を絶対に掴み再び試合に出場させてもらえるような選手にと意気込んだ。
そして掴んだピッチの上での勝利。
リーグ前期から遠ざかった勝利を個人としてチームよりも3週間長く経て、噛みしめた。

課題として自他共に挙げる守備への意識を持ってよりハードワークをするようになった。
左に位置する4年・日高との連携を高め互いのポジションをみて何度も交互に入れ替わりながら、
左サイドを時に果敢に攻め上がり攻撃の一角として脅威を与え、守備のために全力で走り相手のコースと可能性を消しにかかるその姿は、チームに対する「献身的」な姿となっていた。
周囲の誰かを信用するのではなく一匹狼のような姿から、周囲に信頼してもらえるような選手に、と自身が献身的にメッセージを放つ選手となった。

時に降格圏まで沈んだ今季の流経大だが、関東リーグ1部残留を決めた試合で小池裕太は、安堵の表情を見せた。
勝利というチームの結果だけではなく、自分自身に「やっと手ごたえを感じることができた」と話した。

プロの中に入って手ごたえを感じながらも、まだ自分に足りない部分を鹿島でも大学でも、感じてきた。
手ごたえの部分だけを取り上げ過信を持ち、自分の「今」への迷いが生じたものの冷静になって振り返るとまだまだ足りないところだらけだった。
それに気づくきっかけになったのは苦しいシーズンあってこそ、だったのではないであろうか。
トントン拍子に全国で結果を出せていたとしたら。振り返ることなくぶつかることなく生意気を傲慢に変化させていたかもしれない。

今季、大きな壁にぶつかった。
出れなかった試合は数にすると少ないが、選手として人間として自分に納得ができない時間は小池を大きく変化させた。


「やれる自信はある」
どんな時もそう答える。
だが、そこに「生意気さ」はもう感じられない。
生意気さや傲慢さから出る言葉ではなく、今は「自信」に変化した。
尖った鎧は、さまざまなことを受け入れ経験したことで柔軟性を持ち、雰囲気を変えた。

だが、まだ戦う上で必要となる生意気さと尖った部分は持っている。
それは小池裕太という「選手」としての武器として、現れるようになった。

この大きな変化の一年を持って
来季はユニバーシアード競技大会を戦うこととなる全日本大学選抜への挑戦、そして3年生となり今季経験した悔しい一年のリベンジを果たさなくてはならない。


目標は変わらない。プロの世界を目指すこと。

チームのために走る小池裕太は、鋭利に左サイドを切り裂くのだ―。

◇小池 裕太◇

1996.11.6

170㎝/64㎏

栃木県出身

FCチェルト宇都宮-アルビレックス新潟ユース-流通経済大学

2013年 アルビレックス新潟2種登録

2015年 デンソーカップチャレンジ全日本選抜

2016年 全日本大学選抜

(Writing:Tomoko Iimori / Photo:Tohyama Yasuko, Yuka Matsuzaki, Tomoko Iimori)

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